再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です

第16話 幻滅なんてしない

『春ちゃん、プロット書けた! 見て!』

 日暮先生のメッセージとともに、送られてきた長文。
 私は内心慌てながら、メッセージアプリの文章をスマホのメモにコピーする。
 正直、スマホでは長い文章は読みづらい。

 日暮先生が冬馬先輩の許可なく、私に担当を変えると言い出した。
 それを機にお互いの連絡先を教えてからというもの、頻繁にメッセージが届く。
 進捗をこまめに報告してくれるの、地味に助かるな。
 それに、なんだか自分の成果を教えてくれる大きな子どもみたいで、ちょっと可愛いかも。

『これ、冬馬先輩にも見せていいですか?』

 メッセージでそう尋ねると、

『ダメ! これですっごい作品書いて、氷室くんを驚かせるんだから、内緒ね!』

 ……本当に大人げない返事が返ってきた。
 思わず、ふふっと笑みがこぼれる。

『それにしても、氷室くんはどうして、ああやって売れることしか考えてないんだ!』

 日暮先生のメッセージの後ろには、プンプン怒ってる絵文字がついていた。
 作家でも絵文字って使うんだな……と、しょうもないことを考えながら返事を打つ。

『まあ、編集者なら商業的な視点も必要ですからねえ』

 すると、日暮先生が思いがけないことを言い出した。

『いーや、きっと過去になんかあったな、アレは』

 なんかってなに。
 雑なメッセージのあとに、さらに追撃が来る。

『春ちゃん、ちょっと調べてきなよ』

『えぇ……?』

 私は困惑したが、日暮先生は確実に面白がっていた。
 こうして、冬馬先輩の過去を追及する探偵の真似事をする羽目になる。

「ふーん、氷室ちゃんの『なんか』を知りたい、ねえ」

 休憩室、コーヒーを片手に聞き込みをしていた。
 田島さんは首を傾げて、天井の隅を眺めている。

「でも俺に聞いても収穫はないと思うなあ。俺、氷室ちゃんにそんな腹を割って話してもらったことないし」

「そうですか」

 なんとなく予想はついていた。
 冬馬先輩、田島さんとあまり仲良くしたくはない気がする。
 ……目の前の本人に言ったら「え、ちょっと傷つく……」って真顔になりそうだけど。

「わかりました。じゃあ本人に聞いた方が手っ取り早そうですね」

「えっ」

 田島さんは目を丸くしていたが、私は最初からそうするつもりだった。
 変に周りを嗅ぎ回るよりも、直接聞いた方が冬馬先輩も納得すると思う。
 私自身がそういうタイプだし。

「それはいいわね」

「あ、犀川さん」

 通りかかったのか、休憩室のドアを開けて入ってきた。
 彼女はニヤニヤと愉快そうに笑っている。
 なにかいいことでもあったのかな。

「小日向さん、早めに誤解をなんとかしたほうがいいわよ」

「え? なんの話ですか?」

「あなた最近、日暮先生と仲が良さそうじゃない?」

 犀川さんは笑いをこらえるように、ぷくく……と息を漏らしていた。

「それで、編集部では『日暮先生が小日向さんを狙ってる』って噂が立ってるのよ。やっぱり気付いてなかったのね?」

「えっ!? どうしてそんなことに!?」

「小日向ちゃん……男女がメッセージアプリで親密に話してたら、そりゃそうなるのよ」

「作家と編集者がプロットの相談してるだけで!?」

 田島さんが呆れたようなというか、お気の毒みたいな顔で私を見ている。

「あー、おもしろ……。氷室のやつ、ざまぁないわ」

「犀川ちゃん、だいぶ根に持ってるね……」

「だって、見た? アイツのしょんぼりした背中。私、スマホで撮っちゃった」

「それは俺も撮ったけどさぁ……」

「なんで2人とも撮ってるんですか」

「だって、珍しいし……」

 田島さんと犀川さんから見せてもらった写真には、たしかに項垂れている冬馬先輩がしっかり写っていた。

「まあ、とにかく。小日向ちゃん、話聞くついでに弁解してきな?」

「弁解も何も、事実無根なんですけど!」

 私は慌てて休憩室をあとにする。
 時刻は17時を回り、そろそろ編集部にも定時で帰る人が増える頃合だった。

「先輩!」

 デスクに向かって歩み寄りながら声をかける。
 冬馬先輩はキーボードをカタカタ叩いていた。
 ……後ろから覗き込むと、作家さんにメールを打ってるらしい。
 誤字まみれだけど。

「先輩、お疲れ様です」

「っ……、ああ、小日向か」

 私が後ろにいるのに、やっと気付いたらしい。
 ピクッと小さく肩を震わせて、私の方を振り向く。

「少し、お話したいんですが、お時間いただけますか?」

「ああ、少し待て」

 作成途中のメールを保存して、パソコンを閉じた。
 多分、明日になったら誤字だらけのメール見て頭抱えそうだな、この人。

「お前はこのあと、用事はあるか?」

「いえ、特には」

「では、帰りながら寄り道するか」

 2人で仕事を上がることにする。
 駅までの道の途中に、私が以前から気になっていたカフェがあり、そこに入ることにした。

「――というわけで、日暮先生とはそういう仲ではありません」

「知ってる」

「それで落ち込んでたんじゃないんですか?」

「……知ってはいたが、とても心臓に悪い」

 先輩は心臓――というより、鳩尾を押さえていたので、どちらかというと胃であった。
 注文していたプリンアラモードが届き、私は早速スプーンで口に運ぶ。

「俺にしたい話というのはそれか?」

「あっ、別の案件もあります」

 噂にびっくりして忘れていたけど、本来の用件を思い出した。
 私は日暮先生から調べるように言われていた、冬馬先輩の過去について、本人に聞き出すことにする。

「――というわけで、先輩って、売上にこだわるようになった過去のひとつやふたつ、あるんじゃないかなあって……」

 先輩は、目を閉じて話を聞いていた。
 日暮先生に対して、嫌味のひとつは出てくるかと思っていたのだが。

「……まったく、あの男は妙なところで鋭い」

「えっ、あるんですか、過去」

「なぜ、お前が驚いた顔をしているんだ……」

 そうして、先輩は語る。
 大学時代、彼がどんな経験をして、私が溶かした心を再び凍りつかせたか。
 氷室冬馬が、如何にして『冷徹上司』に変貌したのか。

「……そうだったんですね」

 ――ホントに過去になんかあったんだ……。
 日暮先生がテキトーに言ったものかと思ってた……。

 私が先生に対して、尊敬していいのか呆れていいのか分からない気分になっていると、

「お前は――」

 冬馬先輩は、躊躇いがちに私の目を見ていた。
 傷ついた動物が、人間を信じていいのか迷っているような目。

「――俺に幻滅したか?」

「……しませんよ、先輩」

 ああ、この人はずっと怖かったんだな、と思った。
 私に知られるのを恐れていたのだろう。
 だから、なるべく優しい口調を心がける。

「私は、先輩が本を大切にしてるのが変わってなくて、嬉しかったですよ」

「……そうか」

 やっと安心したように、先輩はコーヒーカップの取っ手を持ち上げた。
 でも、私の課題は解決していない。
 先輩が納得する『商品』と、日暮先生が納得する『作品』。
 それを両立するような本を作る。

「――まだ、私の戦いはこれからだ……」

「そのナレーション癖、まだ直ってないんだな」

 冬馬先輩はブラックコーヒーを飲みながら、目を細めていた。
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