再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です
第15話 『商品』と『作品』
「氷室くんって『感情で仕事するな』って言う割に、春ちゃんに対してだけは感情ダダ漏れだよね」
「遺言はそれでいいのか?」
「わお。殺る気ィ~」
……最近、日暮先生は編集部に入り浸っている。
プロットを冬馬先輩に見せに来るついでに、休憩室のコーヒーを勝手に飲んだりしているようだ。
ご本人曰く、「飲み物もお金かかるからね~。飲み放題最高だな~」とのこと。
そういう言葉を聞いて、先輩の眉間のシワが深くなるんだけど、まあ……原稿が進むなら……。
「よかったら、春ちゃんも読む?」
「よろしいんですか?」
編集者になってよかったと思うこと、作家さんの小説をいち早く読めることかもしれない。
でも、本になってから読みたい気持ちもあるので、悩ましいところだ。
日暮先生の原稿を、1ページだけ読ませてもらう。
『誰かと並んで歩くことを覚えた日から、影は一人分では足りなくなった――』
そんな一文から始まる小説を目で追って、私は感嘆のため息が漏れた。
「……すごい」
冬馬先輩も一瞬黙り込んだ。
先輩も日暮先生の力量は認めている。
そうでなければ、締切を1日過ぎてからプロットを立て始める作家のことなんて、今頃見捨ててるだろうから。
日暮先生は「でしょ~」と満足そうな顔をしていた。
きっとこうやって、文章で人を驚かせたり喜ばせたりするのが好きな人なんだろうと思う。
「……で、このプロットだが」
冬馬先輩はプロットにいくつか赤ペンで書き込みをする。
「このままだと読者に受けない。リーチ層を広げるために設計を変える必要がある」
日暮先生は赤入れを覗き込み、露骨に嫌そうな顔をした。
「氷室くんこそ、これが君の遺言になっていいわけ?」
「……なに?」
「この修正はさ、……僕との戦争になるよ」
日暮先生は先輩に負けないくらいの鋭い眼光を宿している。
編集部がにわかにざわめいた。
「あちゃー、また氷室ちゃんと日暮センセ、バトってんの?」
後ろから微かに田島さんの声が聞こえる。
……どうやら、日常茶飯事らしい。
「商品として売れないものは、出せない」
「あのさぁ、文芸って芸術なわけ。純文学好きならそのくらいわかるでしょ?」
「そうだな、純文学はそもそも売れることを意識して作るものではない。だが、会社としては売れる商品が必要なこともわかるだろう」
「僕は『作品』として見てほしいの。『商品』っていうのやめろよ」
だんだん雰囲気が険悪になっていくのが分かった。
これ以上、放置したらまずい。
「あのっ!」
私が割り込むと、2人がこちらを向く。
――負けるな、小日向春香。
あえて空気を読まないのが、私の強み!
「両方じゃダメなんですか?」
「……続けろ」
冬馬先輩が、一応は話を聞く態勢。
私は密かに息を吸い込んだ。
「商品……は日暮先生はお嫌かもしれませんけど、『商品』と『作品』が両立する道、あると思うんです! 最初からどちらかしかないって決めることはないんじゃないでしょうか!?」
「……だが、それを模索するのは時間も手間もかかる。ただでさえ、日暮先生は手が遅い」
「それは氷室くんと言い争いしてて時間が取られてるんじゃないの?」
「つまり、日暮先生は納得がいけば書けるってことですよね?」
私の指摘に、日暮先生は一瞬、言葉を止める。
驚いたように私を見たあと、口の端を吊り上げた。
「……へぇ」
何が「へぇ」なんだろう。
私が戸惑うと、日暮先生は冬馬先輩の方を向く。
「やっぱ担当、春ちゃんにしてくれない?」
「なぜ」
「ここまで言うからには、春ちゃんには出来るって自信があるんでしょ。『商品』と『作品』の両立」
「えっ」
「え、じゃないよ。今更逃げないでよね」
……日暮先生の目、本気だ。
本気で、新米編集者の私と、向き合おうとしてる。
「僕、春ちゃんが担当だったら、書ける気がする」
編集部は、しん……と静まった。
誰もが、冬馬先輩の返答を待っている。
先輩は、重い口を開く――。
「……担当は、変えない」
日暮先生がズコッとずっこける仕草をした。
「なんでだよ!! 今『わかった、変えてみよう』って言う空気だったでしょ!!」
「何がだ」
先生の全力のツッコミにも、先輩は顔色ひとつ変えない。
心臓が強いな、この人……。
「ふーんだ、もういいもーんだ。僕が勝手に春ちゃんに原稿見せて相談するから!」
「勝手に決めるな」
「君こそ勝手に決めるなよ! もう氷室くんのことなんか仲間に入れてあげない!」
「子どもか」
トントン拍子で日暮先生が勝手に話を進めていく。
「え、あの……」
「春ちゃん、胸を張っていいよ。なんと、新米編集者の君の初担当が実績のある小説家なんだからね!」
……なんだか、妙なことになってきた。
冬馬先輩は目で人を殺せそうな顔になってるし……。
田島さんが先輩の肩を叩く。
「氷室ちゃん。……それ、彼氏の顔だよ」
「あ?」
「やだ、怖い……」
今、視線で田島さんが殺された。
「遺言はそれでいいのか?」
「わお。殺る気ィ~」
……最近、日暮先生は編集部に入り浸っている。
プロットを冬馬先輩に見せに来るついでに、休憩室のコーヒーを勝手に飲んだりしているようだ。
ご本人曰く、「飲み物もお金かかるからね~。飲み放題最高だな~」とのこと。
そういう言葉を聞いて、先輩の眉間のシワが深くなるんだけど、まあ……原稿が進むなら……。
「よかったら、春ちゃんも読む?」
「よろしいんですか?」
編集者になってよかったと思うこと、作家さんの小説をいち早く読めることかもしれない。
でも、本になってから読みたい気持ちもあるので、悩ましいところだ。
日暮先生の原稿を、1ページだけ読ませてもらう。
『誰かと並んで歩くことを覚えた日から、影は一人分では足りなくなった――』
そんな一文から始まる小説を目で追って、私は感嘆のため息が漏れた。
「……すごい」
冬馬先輩も一瞬黙り込んだ。
先輩も日暮先生の力量は認めている。
そうでなければ、締切を1日過ぎてからプロットを立て始める作家のことなんて、今頃見捨ててるだろうから。
日暮先生は「でしょ~」と満足そうな顔をしていた。
きっとこうやって、文章で人を驚かせたり喜ばせたりするのが好きな人なんだろうと思う。
「……で、このプロットだが」
冬馬先輩はプロットにいくつか赤ペンで書き込みをする。
「このままだと読者に受けない。リーチ層を広げるために設計を変える必要がある」
日暮先生は赤入れを覗き込み、露骨に嫌そうな顔をした。
「氷室くんこそ、これが君の遺言になっていいわけ?」
「……なに?」
「この修正はさ、……僕との戦争になるよ」
日暮先生は先輩に負けないくらいの鋭い眼光を宿している。
編集部がにわかにざわめいた。
「あちゃー、また氷室ちゃんと日暮センセ、バトってんの?」
後ろから微かに田島さんの声が聞こえる。
……どうやら、日常茶飯事らしい。
「商品として売れないものは、出せない」
「あのさぁ、文芸って芸術なわけ。純文学好きならそのくらいわかるでしょ?」
「そうだな、純文学はそもそも売れることを意識して作るものではない。だが、会社としては売れる商品が必要なこともわかるだろう」
「僕は『作品』として見てほしいの。『商品』っていうのやめろよ」
だんだん雰囲気が険悪になっていくのが分かった。
これ以上、放置したらまずい。
「あのっ!」
私が割り込むと、2人がこちらを向く。
――負けるな、小日向春香。
あえて空気を読まないのが、私の強み!
「両方じゃダメなんですか?」
「……続けろ」
冬馬先輩が、一応は話を聞く態勢。
私は密かに息を吸い込んだ。
「商品……は日暮先生はお嫌かもしれませんけど、『商品』と『作品』が両立する道、あると思うんです! 最初からどちらかしかないって決めることはないんじゃないでしょうか!?」
「……だが、それを模索するのは時間も手間もかかる。ただでさえ、日暮先生は手が遅い」
「それは氷室くんと言い争いしてて時間が取られてるんじゃないの?」
「つまり、日暮先生は納得がいけば書けるってことですよね?」
私の指摘に、日暮先生は一瞬、言葉を止める。
驚いたように私を見たあと、口の端を吊り上げた。
「……へぇ」
何が「へぇ」なんだろう。
私が戸惑うと、日暮先生は冬馬先輩の方を向く。
「やっぱ担当、春ちゃんにしてくれない?」
「なぜ」
「ここまで言うからには、春ちゃんには出来るって自信があるんでしょ。『商品』と『作品』の両立」
「えっ」
「え、じゃないよ。今更逃げないでよね」
……日暮先生の目、本気だ。
本気で、新米編集者の私と、向き合おうとしてる。
「僕、春ちゃんが担当だったら、書ける気がする」
編集部は、しん……と静まった。
誰もが、冬馬先輩の返答を待っている。
先輩は、重い口を開く――。
「……担当は、変えない」
日暮先生がズコッとずっこける仕草をした。
「なんでだよ!! 今『わかった、変えてみよう』って言う空気だったでしょ!!」
「何がだ」
先生の全力のツッコミにも、先輩は顔色ひとつ変えない。
心臓が強いな、この人……。
「ふーんだ、もういいもーんだ。僕が勝手に春ちゃんに原稿見せて相談するから!」
「勝手に決めるな」
「君こそ勝手に決めるなよ! もう氷室くんのことなんか仲間に入れてあげない!」
「子どもか」
トントン拍子で日暮先生が勝手に話を進めていく。
「え、あの……」
「春ちゃん、胸を張っていいよ。なんと、新米編集者の君の初担当が実績のある小説家なんだからね!」
……なんだか、妙なことになってきた。
冬馬先輩は目で人を殺せそうな顔になってるし……。
田島さんが先輩の肩を叩く。
「氷室ちゃん。……それ、彼氏の顔だよ」
「あ?」
「やだ、怖い……」
今、視線で田島さんが殺された。