再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です
第19話 責任を取ってくれ
「お願い! マジでお願いお姉さん! 俺、今夜お客取れなかったらクビになるかもしんなくってぇ!」
「ええっ……!? それは大変だと思いますけど私も明日仕事あるので……!」
私はプリン頭の男性に泣きつかれて困っていた。
全然知らない人。
多分ホストクラブか何かのお兄さんだと思う。
お気の毒だとは思うけど、私はホストにそこまで興味ないし、手持ちもない。
心底困った顔をしながら、なんとか逃げる方法はないのか考えていた。
でも、お兄さんにはガッシリとスーツの裾を掴まれている。
周りの通行人も助けてくれる気配はない。
「ホントに、ホントにお願い! 後悔はさせないから! マジでいい一夜の夢見せるから!」
「うわ、引っ張らないでください!?」
ホストクラブらしき派手な建物に引きずり込まれそうになり、必死に地面を踏みしめて踏ん張った。
でも男性の力には勝てそうにない。
ヤバい、ここまでか、と観念しかけた時。
「はーるか。何やってんの?」
「え?」
誰かの腕が私のお腹に回り、プリン頭のお兄さんから引き離してくれる。
「――た、田島さん!?」
「俺の彼女になんか用かなあ、お兄さん?」
「えっ」
うろたえる私に、田島さんがアイコンタクトを送ってきた。
――あっ、これ「話を合わせろ」って顔だ。
瞬時に理解した私は一芝居打つことにする。
「晴くん、私、怖かったです……」
「お~よしよし。……で、コイツ何?」
田島さん、笑顔だけど目が笑ってない。
こういう田島さん、貴重だな。
プリン頭のお兄さんは、「あっ……」と青ざめていた。
「あ、あはは、仲がよろしいようで……失礼しまーす……」
お兄さんは建物の中に逃げ帰っていく。
「ふう……」
「田島さん、ありがとうございます。助かりました」
「それはいいけどさあ……なんでこんなとこ1人で歩いてんの」
「駅までの近道なんです!」
私の言葉に、田島さんは片手で顔を覆うようにしてため息をついていた。
「……小日向ちゃんさあ、マジで毎日氷室ちゃんに送り迎えしてもらったほうがいいよ。危なっかしくて見てらんない」
ちなみに、冬馬先輩はこの日、編集長に呼び出されて遅くなるとのことで、私に先に帰るように言っていたのである。
「まあ、しょうがないか。じゃあ、駅まで一緒に行こ、小日向ちゃん」
「はいっ!」
田島さんからしたら、迷子になった子どもを送っていく、くらいの感覚なんだろう。
そういう経緯で、その日は無事に家に帰ることができた。
――問題は、その翌日である。
「小日向さんと田島さん、付き合ってるんだって……」
「田島さんが『春香』、小日向さんも『晴くん』ってかなり親密で……」
「え、恋愛禁止令出てからそんなに経ってないのに? やるぅ~」
……めちゃくちゃ噂立ってる――!!
誰が目撃したのかは分からないが、人通りの多い歓楽街だったし、それがし出版の人間なら通っていても不思議ではない。
「田島ァ!! 何やってんのよアンタ!?」
「いや違うって! 不可抗力!!」
田島さんは激怒した犀川さんに詰められていた。
「……田島。小日向。この状況について説明はあるか?」
冬馬先輩は絶対零度の視線で田島さんを射抜いている。
「氷室ちゃん、これは誤解っていうか……」
「小日向の腹に腕を回し、『はーるか』と耳元で囁き、『お~よしよし』と頭を撫でていたと聞くが、どこらへんが誤解なのか教えてもらえるか?」
「すげえ詳細に目撃されてんな!?」
なんか、その状況を編集部で晒し者にされるとすごい恥ずかしいんですけど……!
ますます先輩の目つきが鋭く、視線で田島さんを殺しそうになっていた。
「違うんです、先輩! 私の口から説明させてください!」
「……聞こう」
私はありのまま、昨夜起こったことを語って聞かせる。
冬馬先輩は目を閉じ、じっと聞いていた。
「……事情はわかった。だが」
先輩の田島さんを見る目はいまだ厳しい。
「軽率すぎる。そんな誤解を招く真似をする必要があったのか」
「は?? じゃあ何。小日向ちゃんのこと放っとけばよかったんすか?」
「そうは言っていない」
「じゃあどういうつもりで言ってんだよ?」
冬馬先輩と田島さんが揉め始める。
犀川さんは「あ~らら」と天を仰いだ。
「先輩、田島さんも、落ち着いてください!」
「――ッ。小日向、ちょっと来い」
「えっ!?」
先輩が私の手首を掴んで、編集部から出る。
「あの、先輩? どこへ……?」
「……」
手を引きながら、黙ってどこかへ向かっていた。
資料室らしい部屋に入る。
ホコリと古い紙の匂いが濃い。
人の居ないらしいそこに入り、先輩は私を壁際まで追い詰めた。
「あの……?」
「……堪えられない」
彼は私の肩を両手で掴んでいる。
でも、その目はさっきまでの殺気がなく、むしろ悲しげだった。
「……俺は……」
私に目線を合わせるように、腰を折る。
「お前の評価が落ちないように、距離を取るべきだと思った。なのに、お前が他に視線を向けるのは……堪え難い」
絞り出すような声。
先輩はいつも、激情に駆られていても、感情の出し方が分からない人だ。
「お前は純粋だから、わかるように言う」
目線を合わせたまま、小さい子供に言い聞かせるような口調で、言葉を続けた。
「俺が『渇いたことがあるのか』と聞いたのを、覚えているか?」
私はぎこちなく頷く。
たしか、映画を見に行った帰りに言われた。
「俺は、とても渇いている。お前と出会って、高校を卒業してから、ずっと」
目をみはる私に構わず、先輩は話し続ける。
「一人で生きていける人もいる。でも、二人でいることを覚えてしまえば――心が渇く。まったく、日暮先生はそういう描写が上手い」
それは、あの映画の名台詞。
「俺は、お前と2人でいることを知ってから、ずっと渇いている。――責任を、取ってくれ」
先輩が、私の肩に額を押し付けた。
耳まで真っ赤で――肩には熱が伝わってくる。
「先輩……」
私はおずおずと、先輩の髪を撫でた。
指の間を通り抜ける銀髪が、相変わらずとても綺麗だと思う。
そのまま、先輩の熱が落ち着くまで、そこにいた。
「まさか、恋愛禁止令を出して余計に泥沼になるとは思わなかった……」
冬馬先輩と田島さんの言い争いを眼前にした編集長は恋愛禁止令を撤回し、犀川さんと日暮先生が爆笑していたのは言うまでもない。
「ええっ……!? それは大変だと思いますけど私も明日仕事あるので……!」
私はプリン頭の男性に泣きつかれて困っていた。
全然知らない人。
多分ホストクラブか何かのお兄さんだと思う。
お気の毒だとは思うけど、私はホストにそこまで興味ないし、手持ちもない。
心底困った顔をしながら、なんとか逃げる方法はないのか考えていた。
でも、お兄さんにはガッシリとスーツの裾を掴まれている。
周りの通行人も助けてくれる気配はない。
「ホントに、ホントにお願い! 後悔はさせないから! マジでいい一夜の夢見せるから!」
「うわ、引っ張らないでください!?」
ホストクラブらしき派手な建物に引きずり込まれそうになり、必死に地面を踏みしめて踏ん張った。
でも男性の力には勝てそうにない。
ヤバい、ここまでか、と観念しかけた時。
「はーるか。何やってんの?」
「え?」
誰かの腕が私のお腹に回り、プリン頭のお兄さんから引き離してくれる。
「――た、田島さん!?」
「俺の彼女になんか用かなあ、お兄さん?」
「えっ」
うろたえる私に、田島さんがアイコンタクトを送ってきた。
――あっ、これ「話を合わせろ」って顔だ。
瞬時に理解した私は一芝居打つことにする。
「晴くん、私、怖かったです……」
「お~よしよし。……で、コイツ何?」
田島さん、笑顔だけど目が笑ってない。
こういう田島さん、貴重だな。
プリン頭のお兄さんは、「あっ……」と青ざめていた。
「あ、あはは、仲がよろしいようで……失礼しまーす……」
お兄さんは建物の中に逃げ帰っていく。
「ふう……」
「田島さん、ありがとうございます。助かりました」
「それはいいけどさあ……なんでこんなとこ1人で歩いてんの」
「駅までの近道なんです!」
私の言葉に、田島さんは片手で顔を覆うようにしてため息をついていた。
「……小日向ちゃんさあ、マジで毎日氷室ちゃんに送り迎えしてもらったほうがいいよ。危なっかしくて見てらんない」
ちなみに、冬馬先輩はこの日、編集長に呼び出されて遅くなるとのことで、私に先に帰るように言っていたのである。
「まあ、しょうがないか。じゃあ、駅まで一緒に行こ、小日向ちゃん」
「はいっ!」
田島さんからしたら、迷子になった子どもを送っていく、くらいの感覚なんだろう。
そういう経緯で、その日は無事に家に帰ることができた。
――問題は、その翌日である。
「小日向さんと田島さん、付き合ってるんだって……」
「田島さんが『春香』、小日向さんも『晴くん』ってかなり親密で……」
「え、恋愛禁止令出てからそんなに経ってないのに? やるぅ~」
……めちゃくちゃ噂立ってる――!!
誰が目撃したのかは分からないが、人通りの多い歓楽街だったし、それがし出版の人間なら通っていても不思議ではない。
「田島ァ!! 何やってんのよアンタ!?」
「いや違うって! 不可抗力!!」
田島さんは激怒した犀川さんに詰められていた。
「……田島。小日向。この状況について説明はあるか?」
冬馬先輩は絶対零度の視線で田島さんを射抜いている。
「氷室ちゃん、これは誤解っていうか……」
「小日向の腹に腕を回し、『はーるか』と耳元で囁き、『お~よしよし』と頭を撫でていたと聞くが、どこらへんが誤解なのか教えてもらえるか?」
「すげえ詳細に目撃されてんな!?」
なんか、その状況を編集部で晒し者にされるとすごい恥ずかしいんですけど……!
ますます先輩の目つきが鋭く、視線で田島さんを殺しそうになっていた。
「違うんです、先輩! 私の口から説明させてください!」
「……聞こう」
私はありのまま、昨夜起こったことを語って聞かせる。
冬馬先輩は目を閉じ、じっと聞いていた。
「……事情はわかった。だが」
先輩の田島さんを見る目はいまだ厳しい。
「軽率すぎる。そんな誤解を招く真似をする必要があったのか」
「は?? じゃあ何。小日向ちゃんのこと放っとけばよかったんすか?」
「そうは言っていない」
「じゃあどういうつもりで言ってんだよ?」
冬馬先輩と田島さんが揉め始める。
犀川さんは「あ~らら」と天を仰いだ。
「先輩、田島さんも、落ち着いてください!」
「――ッ。小日向、ちょっと来い」
「えっ!?」
先輩が私の手首を掴んで、編集部から出る。
「あの、先輩? どこへ……?」
「……」
手を引きながら、黙ってどこかへ向かっていた。
資料室らしい部屋に入る。
ホコリと古い紙の匂いが濃い。
人の居ないらしいそこに入り、先輩は私を壁際まで追い詰めた。
「あの……?」
「……堪えられない」
彼は私の肩を両手で掴んでいる。
でも、その目はさっきまでの殺気がなく、むしろ悲しげだった。
「……俺は……」
私に目線を合わせるように、腰を折る。
「お前の評価が落ちないように、距離を取るべきだと思った。なのに、お前が他に視線を向けるのは……堪え難い」
絞り出すような声。
先輩はいつも、激情に駆られていても、感情の出し方が分からない人だ。
「お前は純粋だから、わかるように言う」
目線を合わせたまま、小さい子供に言い聞かせるような口調で、言葉を続けた。
「俺が『渇いたことがあるのか』と聞いたのを、覚えているか?」
私はぎこちなく頷く。
たしか、映画を見に行った帰りに言われた。
「俺は、とても渇いている。お前と出会って、高校を卒業してから、ずっと」
目をみはる私に構わず、先輩は話し続ける。
「一人で生きていける人もいる。でも、二人でいることを覚えてしまえば――心が渇く。まったく、日暮先生はそういう描写が上手い」
それは、あの映画の名台詞。
「俺は、お前と2人でいることを知ってから、ずっと渇いている。――責任を、取ってくれ」
先輩が、私の肩に額を押し付けた。
耳まで真っ赤で――肩には熱が伝わってくる。
「先輩……」
私はおずおずと、先輩の髪を撫でた。
指の間を通り抜ける銀髪が、相変わらずとても綺麗だと思う。
そのまま、先輩の熱が落ち着くまで、そこにいた。
「まさか、恋愛禁止令を出して余計に泥沼になるとは思わなかった……」
冬馬先輩と田島さんの言い争いを眼前にした編集長は恋愛禁止令を撤回し、犀川さんと日暮先生が爆笑していたのは言うまでもない。