再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です
第7話 プリンと無言の気遣い
「ただの部下じゃない」ってどういう意味?
仕事としての特別?
信頼?
いやでもあの言い方は……。
朝起きてから朝食をとり、通勤電車に揺られ、編集部に着いたあとも、私はずっと同じ思考に縛られ、ぐるぐると堂々巡りをしている。
――お前を、ただの部下として見れない。
冬馬先輩の言葉の真意がわからない。
すごい、すごいなんかモヤモヤする……。
「――こひなた。おい。小日向春香」
「ひゃいっ!?」
名前を呼ばれたと気づき、飛び跳ねそうな勢いで肩が震えてしまった。
その声の主は、聞き間違えるはずもない。
「体調でも悪いのか」
冬馬先輩は相変わらずのポーカーフェイスで私を見ている。
「い、いえ、大丈夫です!」
「本当か? 熱でもあるんじゃないだろうな」
先輩が顔を近づけた。
キスでもしてくるんじゃないかというほどの至近距離にぎょっとする。
「せ、先輩! ここ編集部!!」
思わず大声で先輩の額を手で押し返すと、彼はきょとんとしていた。
しばらく首を傾げて考え込んだあと、顔を離す。
それから私の額に手を当て始めて、熱を測りたかったのだと気付いた。
……この人、編集部でおでこくっつけようとしたの……?
「熱はない、な」
小さく呟いて、額に当てられていた手が離れる。
ふと気づくと、周囲にはざわつく同僚や先輩たちが遠巻きに見ていた。
「なんだ」
「い、いえ、別に~……」
先輩のひと睨みに、野次馬は一瞬で解散する。
ふうと小さくため息をついたあと、先輩は私に向き直った。
「疲れていないか。仮眠室はあるから必要なら使え」
「いや本当に大丈夫です……!」
「……そうか、わかった。これ、資料」
あ、先輩、仕事に必要な資料を、わざわざ持ってきてくれたんだ。
お礼を言って受け取る。
「休憩はこまめに取れ。わかったな」
そう言い含めて、先輩は自分の席に戻っていった。
本当にあの人、心配性だな……。
「なに? 小日向ちゃんと氷室ちゃんって、もしかして付き合ってんの??」
休憩室で田島さんに不意打ちされて、私は飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。
「なななな何言ってるんですか!?」
「え、いやだって、小日向ちゃんが『ここ編集部!!』って叫ぶから、みんなびっくりしてたよ?」
うわ、なんかすごい誤解されてそう!
しかも私の失言で……!
「でも多分、氷室ちゃんは小日向ちゃんのこと大好きだよね」
「はあ……ッ!?」
田島さんがありえんくらい追い打ちしてくる。
顔が熱くなっていくのを感じていた。
「あ、あんまりからかわないでくださいよ!」
「からかってないよ。だって、あんなに他人に関わろうとする氷室ちゃん、俺初めて見たもん」
「え……」
言葉に詰まる。
私は高校時代から、先輩との距離感が近かった自覚はある。
でも、付き合った覚えはない。
「そ、そうですかね……? そんなことないと思うけどナー……」
「ほんとにぃ~?」
思いっきり目が泳ぐ私に、田島さんは愉快そうな顔をして、
「ま、いいや。そろそろ休憩時間終わるから戻るよ~」
と、先に休憩室を出ていってしまった。
……私も戻ろう、と空っぽの缶コーヒーをゴミ箱に捨てる。
編集部、自分の席に戻ったときに『それ』に気づいた。
「……プリン?」
プラスチックのカップに入った黄色い食べ物。
……うん、茶碗蒸しとかではなさそう。プリンだな。
ご丁寧に、プラスチックのスプーンも一緒に置かれている。
誰かが間違って置いた、とかもなさそう。
だって、そのプリンは私の昔から好きな商品だから。
……これを置いたのが誰かなんて、確認しなくても分かってしまう。
そっと冬馬先輩のデスクに視線を送ると、まともに目があった。
先輩はしばらく私を見つめたあと、デスクのノートパソコンに視線を落とす。
心なしか、彼のキーボードを打つ手が少し速い。
……あとでお礼言っとこう。
正直なところ、少し疲労が溜まっていた。
甘いものが欲しかったのは確かなんだけど、なんであの人、そういうの察してくれるんだろう。
食べるかどうか、一瞬考えたけど、結局、小さく「いただきます」と口の中で呟いて、プリンの蓋を開ける。
スプーンですくって口の中に運ぶと、卵と牛乳の優しい甘さに、口元が緩んだ。
……なんか、悔しいな。
さっきまでのモヤモヤが、少しだけほどけた気がしたのに気付いてしまって。
「それがしに入社してしばらく経ったが、どうだ」
いつも通り、先輩と2人で編集部に残っている。
先輩はあのプリンを2人分買っていたらしく、自分でも食べていた。
残業時間に食べてるのは、他の編集者に威厳のないところを見られたくないとかなのだろうか。
「楽しいばかりではないですけど、辛いばかりでもないですよ。やりがいのあるお仕事だと思います」
「そうか」
「あの、プリン差し入れしてくれたの、先輩ですよね。ご馳走様でした」
ぺこりと小さく頭を下げる。
先輩は、自分のプリンを見つめていた。
「お前は、昔からこのプリンが好きだったな」
「はい。覚えててくれてたのも嬉しかったです」
――先輩が、初めてプリンをくれたのは、高校時代に遡る。
私は、先輩と初めて会った日のことを思い出していた。
仕事としての特別?
信頼?
いやでもあの言い方は……。
朝起きてから朝食をとり、通勤電車に揺られ、編集部に着いたあとも、私はずっと同じ思考に縛られ、ぐるぐると堂々巡りをしている。
――お前を、ただの部下として見れない。
冬馬先輩の言葉の真意がわからない。
すごい、すごいなんかモヤモヤする……。
「――こひなた。おい。小日向春香」
「ひゃいっ!?」
名前を呼ばれたと気づき、飛び跳ねそうな勢いで肩が震えてしまった。
その声の主は、聞き間違えるはずもない。
「体調でも悪いのか」
冬馬先輩は相変わらずのポーカーフェイスで私を見ている。
「い、いえ、大丈夫です!」
「本当か? 熱でもあるんじゃないだろうな」
先輩が顔を近づけた。
キスでもしてくるんじゃないかというほどの至近距離にぎょっとする。
「せ、先輩! ここ編集部!!」
思わず大声で先輩の額を手で押し返すと、彼はきょとんとしていた。
しばらく首を傾げて考え込んだあと、顔を離す。
それから私の額に手を当て始めて、熱を測りたかったのだと気付いた。
……この人、編集部でおでこくっつけようとしたの……?
「熱はない、な」
小さく呟いて、額に当てられていた手が離れる。
ふと気づくと、周囲にはざわつく同僚や先輩たちが遠巻きに見ていた。
「なんだ」
「い、いえ、別に~……」
先輩のひと睨みに、野次馬は一瞬で解散する。
ふうと小さくため息をついたあと、先輩は私に向き直った。
「疲れていないか。仮眠室はあるから必要なら使え」
「いや本当に大丈夫です……!」
「……そうか、わかった。これ、資料」
あ、先輩、仕事に必要な資料を、わざわざ持ってきてくれたんだ。
お礼を言って受け取る。
「休憩はこまめに取れ。わかったな」
そう言い含めて、先輩は自分の席に戻っていった。
本当にあの人、心配性だな……。
「なに? 小日向ちゃんと氷室ちゃんって、もしかして付き合ってんの??」
休憩室で田島さんに不意打ちされて、私は飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。
「なななな何言ってるんですか!?」
「え、いやだって、小日向ちゃんが『ここ編集部!!』って叫ぶから、みんなびっくりしてたよ?」
うわ、なんかすごい誤解されてそう!
しかも私の失言で……!
「でも多分、氷室ちゃんは小日向ちゃんのこと大好きだよね」
「はあ……ッ!?」
田島さんがありえんくらい追い打ちしてくる。
顔が熱くなっていくのを感じていた。
「あ、あんまりからかわないでくださいよ!」
「からかってないよ。だって、あんなに他人に関わろうとする氷室ちゃん、俺初めて見たもん」
「え……」
言葉に詰まる。
私は高校時代から、先輩との距離感が近かった自覚はある。
でも、付き合った覚えはない。
「そ、そうですかね……? そんなことないと思うけどナー……」
「ほんとにぃ~?」
思いっきり目が泳ぐ私に、田島さんは愉快そうな顔をして、
「ま、いいや。そろそろ休憩時間終わるから戻るよ~」
と、先に休憩室を出ていってしまった。
……私も戻ろう、と空っぽの缶コーヒーをゴミ箱に捨てる。
編集部、自分の席に戻ったときに『それ』に気づいた。
「……プリン?」
プラスチックのカップに入った黄色い食べ物。
……うん、茶碗蒸しとかではなさそう。プリンだな。
ご丁寧に、プラスチックのスプーンも一緒に置かれている。
誰かが間違って置いた、とかもなさそう。
だって、そのプリンは私の昔から好きな商品だから。
……これを置いたのが誰かなんて、確認しなくても分かってしまう。
そっと冬馬先輩のデスクに視線を送ると、まともに目があった。
先輩はしばらく私を見つめたあと、デスクのノートパソコンに視線を落とす。
心なしか、彼のキーボードを打つ手が少し速い。
……あとでお礼言っとこう。
正直なところ、少し疲労が溜まっていた。
甘いものが欲しかったのは確かなんだけど、なんであの人、そういうの察してくれるんだろう。
食べるかどうか、一瞬考えたけど、結局、小さく「いただきます」と口の中で呟いて、プリンの蓋を開ける。
スプーンですくって口の中に運ぶと、卵と牛乳の優しい甘さに、口元が緩んだ。
……なんか、悔しいな。
さっきまでのモヤモヤが、少しだけほどけた気がしたのに気付いてしまって。
「それがしに入社してしばらく経ったが、どうだ」
いつも通り、先輩と2人で編集部に残っている。
先輩はあのプリンを2人分買っていたらしく、自分でも食べていた。
残業時間に食べてるのは、他の編集者に威厳のないところを見られたくないとかなのだろうか。
「楽しいばかりではないですけど、辛いばかりでもないですよ。やりがいのあるお仕事だと思います」
「そうか」
「あの、プリン差し入れしてくれたの、先輩ですよね。ご馳走様でした」
ぺこりと小さく頭を下げる。
先輩は、自分のプリンを見つめていた。
「お前は、昔からこのプリンが好きだったな」
「はい。覚えててくれてたのも嬉しかったです」
――先輩が、初めてプリンをくれたのは、高校時代に遡る。
私は、先輩と初めて会った日のことを思い出していた。


