再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です
第8話 図書室で出会った日
氷室冬馬という人は、いつも誤解されやすい人だった。
高校で知ったあの人は、銀髪がとても目立つ。
なんでも、お祖母様がイギリス人のクォーターらしい。
銀髪、灰色の目、身長は高く、無表情がデフォルト。
そんな先輩は、当然のように周りから忌避されていた。
教師からは「黒染めしなさい」と要求され、生徒からは不良と恐れられる。
それでも、決して屈することなく、周囲に迎合しなかった。
冬馬先輩は、そんな人。
ただ、あの人が全く傷つかないわけではない。
人を避けて、図書室に篭もり、いつも窓際の席で本を読んでいた。
私も図書室の常連だったので、彼のことはよく見かけていた。
友人から冬馬先輩の噂は聞いていた。
でも、図書室でのあの人は、いつも大人しく本を読んでいて、物静かでとても不良には思えない。
窓から差し込む陽の光が、銀髪を照らしてキラキラと輝くその姿は――。
こんな想像をするのは少女趣味かもしれないけど、絵本の中の王子様ってこんな感じなのかもしれない、と密かに思った。
とはいえ、私は必要もないのに先輩に関わりはしなかった。
怖かったと言うより、本を読んでる人の邪魔をするべきではない、という、ごく当たり前のこと。
私が先輩に初めて声をかけたきっかけは、とても些細なことだった。
「すみません、この本、読んでもいいですか?」
先輩が机に重ねていた本の中に、私が借りようと思っていた本があった。
ただ、先輩は他の本を読んでいて、まだ読む気配がない。
だから、先に読ませてもらおうかな、という、ただそれだけの事情。
でも、先輩は声をかけてきた私にとても驚いていたようだった。
目を見開き、フリーズしたように、私をじっと見ている。
やがて、我に返ったように、声をかけられたのが自分だと気づいて「……どうぞ」とだけ、一言。
私はお礼を伝えてから、彼の向かい側に座り、本を拝借した。
しばらくお互い無言だったけど、特に気にせず読み進める。
図書室なら、沈黙が当たり前だし。
やがて、学校が閉まる時間になり、私たちは図書室から締め出された。
2人とも、教室からカバンは持ってきていたので、そのまま無言で玄関まで歩く。
「本、ありがとうございました。私が借りても良かったんですか?」
「構わない。借りるつもりはなくて、ただ積んでただけだから」
「本当に、本がお好きなんですね」
先輩は、私のその言葉には答えず、隣を歩きながらじっと見つめていた。
「……名前は?」
「私ですか? 小日向春香です」
「こひなた、はるか」
先輩が繰り返す。
まるで、人間の言葉を学習してるアンドロイドみたいだな、と少し失礼なことを考えた。
「氷室冬馬先輩、ですよね」
「知っていたか」
「先輩、有名人ですから」
私の言葉に、少しだけ眉をひそめる。
言うべきではなかったかな。
気にしてるかもしれないし。
……と思っていたが、先輩の反応の理由は少し違っていた。
「……俺のことを知っていて、声をかけたのか」
多分、あの人は他人に迷惑をかけたくなかったんじゃないかな、と思う。
不良と誤解されていたなら、近くにいた人に災難があるかもしれないし。
「小日向」
先輩の髪が夕焼けに照らされて、キラキラと輝いていたのを覚えている。
本当に、綺麗だな。
「……また、図書室で会えるか?」
「ええ、はい。私も図書室、よく使うので」
「そうか。……また、明日」
それから、先輩とちょくちょく図書室で会って、一緒に本を読みながら少し話した。
先輩のお祖母様がイギリス人だということも、彼から聞いた。
図書室は静かに利用するものなので、私たちの会話は最低限だったし、囁くような小声だったけど、なんだかそれが心地よかった。
机を挟んで向かい合って話すより、隣で本を読んでいたほうが小声で会話しやすいので、自然とそうなる。
先輩と私は、本の趣味がよく似ている。
お互い、純文学が好きで、その話もよくした。
「純文学、あんまり周りと話が合わないので、こういう話ができる人いるの嬉しいです」
正直にそう告げると、先輩も「そうだな」と頷いてくれる。
クラスの友達は、たいてい漫画とか、小説を読んでてもライトノベルとかエンタメ小説が多い。
本を読まずにショート動画を見てる子も多かった。
悪いとは思わないが、共通の話題がないのは、なかなか寂しいものである。
その点、先輩と「この小説のこの表現、こういうことではないか」と解釈を語り合うのは楽しかった。
先輩は私の解釈を頭ごなしに否定しないのもありがたい。
先輩との会話は、日に日に増えていく。
図書室を追い出されたあとも、自然と「もう少し話がしたい」と、バーガーショップやファミレスに2人で寄ることも多くなった。
手持ちがない時はコンビニのイートインスペースで一緒にスイーツを食べたりする。
そんな時に、先輩がよく奢ってくれたのが、コンビニのプリン。
私はプリンを食べながら、先輩と隣り合って話をするのが好きだった。
先輩は本を読んでいるからなのか、とても博識でなんでも知っていた。
先輩に言わせれば「別に全知全能ではない」とのことだが、私からすれば尊敬に値する知識量だ。
そんな関係を築き、先輩とどんどん仲良くなっていった。
私は、先輩と帰る時間が少し楽しみだった。
……だから、私は先輩に迷惑をかけていたことに気づけなかった。
高校で知ったあの人は、銀髪がとても目立つ。
なんでも、お祖母様がイギリス人のクォーターらしい。
銀髪、灰色の目、身長は高く、無表情がデフォルト。
そんな先輩は、当然のように周りから忌避されていた。
教師からは「黒染めしなさい」と要求され、生徒からは不良と恐れられる。
それでも、決して屈することなく、周囲に迎合しなかった。
冬馬先輩は、そんな人。
ただ、あの人が全く傷つかないわけではない。
人を避けて、図書室に篭もり、いつも窓際の席で本を読んでいた。
私も図書室の常連だったので、彼のことはよく見かけていた。
友人から冬馬先輩の噂は聞いていた。
でも、図書室でのあの人は、いつも大人しく本を読んでいて、物静かでとても不良には思えない。
窓から差し込む陽の光が、銀髪を照らしてキラキラと輝くその姿は――。
こんな想像をするのは少女趣味かもしれないけど、絵本の中の王子様ってこんな感じなのかもしれない、と密かに思った。
とはいえ、私は必要もないのに先輩に関わりはしなかった。
怖かったと言うより、本を読んでる人の邪魔をするべきではない、という、ごく当たり前のこと。
私が先輩に初めて声をかけたきっかけは、とても些細なことだった。
「すみません、この本、読んでもいいですか?」
先輩が机に重ねていた本の中に、私が借りようと思っていた本があった。
ただ、先輩は他の本を読んでいて、まだ読む気配がない。
だから、先に読ませてもらおうかな、という、ただそれだけの事情。
でも、先輩は声をかけてきた私にとても驚いていたようだった。
目を見開き、フリーズしたように、私をじっと見ている。
やがて、我に返ったように、声をかけられたのが自分だと気づいて「……どうぞ」とだけ、一言。
私はお礼を伝えてから、彼の向かい側に座り、本を拝借した。
しばらくお互い無言だったけど、特に気にせず読み進める。
図書室なら、沈黙が当たり前だし。
やがて、学校が閉まる時間になり、私たちは図書室から締め出された。
2人とも、教室からカバンは持ってきていたので、そのまま無言で玄関まで歩く。
「本、ありがとうございました。私が借りても良かったんですか?」
「構わない。借りるつもりはなくて、ただ積んでただけだから」
「本当に、本がお好きなんですね」
先輩は、私のその言葉には答えず、隣を歩きながらじっと見つめていた。
「……名前は?」
「私ですか? 小日向春香です」
「こひなた、はるか」
先輩が繰り返す。
まるで、人間の言葉を学習してるアンドロイドみたいだな、と少し失礼なことを考えた。
「氷室冬馬先輩、ですよね」
「知っていたか」
「先輩、有名人ですから」
私の言葉に、少しだけ眉をひそめる。
言うべきではなかったかな。
気にしてるかもしれないし。
……と思っていたが、先輩の反応の理由は少し違っていた。
「……俺のことを知っていて、声をかけたのか」
多分、あの人は他人に迷惑をかけたくなかったんじゃないかな、と思う。
不良と誤解されていたなら、近くにいた人に災難があるかもしれないし。
「小日向」
先輩の髪が夕焼けに照らされて、キラキラと輝いていたのを覚えている。
本当に、綺麗だな。
「……また、図書室で会えるか?」
「ええ、はい。私も図書室、よく使うので」
「そうか。……また、明日」
それから、先輩とちょくちょく図書室で会って、一緒に本を読みながら少し話した。
先輩のお祖母様がイギリス人だということも、彼から聞いた。
図書室は静かに利用するものなので、私たちの会話は最低限だったし、囁くような小声だったけど、なんだかそれが心地よかった。
机を挟んで向かい合って話すより、隣で本を読んでいたほうが小声で会話しやすいので、自然とそうなる。
先輩と私は、本の趣味がよく似ている。
お互い、純文学が好きで、その話もよくした。
「純文学、あんまり周りと話が合わないので、こういう話ができる人いるの嬉しいです」
正直にそう告げると、先輩も「そうだな」と頷いてくれる。
クラスの友達は、たいてい漫画とか、小説を読んでてもライトノベルとかエンタメ小説が多い。
本を読まずにショート動画を見てる子も多かった。
悪いとは思わないが、共通の話題がないのは、なかなか寂しいものである。
その点、先輩と「この小説のこの表現、こういうことではないか」と解釈を語り合うのは楽しかった。
先輩は私の解釈を頭ごなしに否定しないのもありがたい。
先輩との会話は、日に日に増えていく。
図書室を追い出されたあとも、自然と「もう少し話がしたい」と、バーガーショップやファミレスに2人で寄ることも多くなった。
手持ちがない時はコンビニのイートインスペースで一緒にスイーツを食べたりする。
そんな時に、先輩がよく奢ってくれたのが、コンビニのプリン。
私はプリンを食べながら、先輩と隣り合って話をするのが好きだった。
先輩は本を読んでいるからなのか、とても博識でなんでも知っていた。
先輩に言わせれば「別に全知全能ではない」とのことだが、私からすれば尊敬に値する知識量だ。
そんな関係を築き、先輩とどんどん仲良くなっていった。
私は、先輩と帰る時間が少し楽しみだった。
……だから、私は先輩に迷惑をかけていたことに気づけなかった。