海から届いたお守り

海が見える離れ

最初の週の土曜日。

朝早くから、おじいちゃんの家の庭には、いつもとは違う音が響いていた。

「こっから片付けるぞー」

竜樹の声に、碧が返事をする。

「はい!」

樹と凪沙も、眠そうな顔をしながら庭に出てきた。

「じいちゃん、ほんとに今日からするん?」

凪沙が尋ねる。

「するっちゃ。ここを綺麗にせんとな」

おじいちゃんが指差したのは、庭を挟んだ先にある古い離れだった。

おじいちゃんの家の後ろには庭があり、その庭の向こうに離れが建っている。

離れのさらに向こうは海。

反対側の山側には岩や木々があり、その先には山が広がっていた。

「ここ、昔使いよったんじゃ」

おじいちゃんが言う。

「でも、使わんようになってから、そのままじゃったけん」

「みんなで綺麗にするんじゃ」

すると、近所の人たちも次々とやってきた。

「手伝いに来たぞー」

「一人でやったら大変やけんの」

「こういうときは、みんなが一番やけん」

掃除道具を持ってきてくれる人。

古くなったところを見てくれる人。

水回りを確認してくれる人。

それぞれが自然に役割を分担していった。

樹も雑巾を持って、窓を拭いている。

「樹、そこもうちょっと!」

「はい!」

凪沙は庭から落ち葉を集めていた。

「こんなにあるんや」

「そりゃ、ずっと使ってなかったけんの」

おじいちゃんが笑う。

「凪沙、無理せんでいいぞ」

「大丈夫!」

凪沙は笑って、また落ち葉を集め始めた。



一日で終わるような作業ではなかった。

次の週末も、その次の週末も。

近所の人たちが少しずつ手を貸してくれた。

床を綺麗に磨いて。

古くなったところを直して。

ワックスを塗る。

水回りも、古くなったものを新しいものへと取り替えていった。

「ここ、水が漏れよったけん、直しとくぞ」

「ありがとうございます」

碧が頭を下げる。

「いいんよ」

「こういうときは、お互い様やけん」

「そうそう。みんなが一番やけん」

そんな言葉が、何度も家の中に響いた。

そして、半月ほどが経った。

古かった離れは、見違えるように綺麗になっていた。

床は丁寧に磨かれ、ワックスを塗ってつやが出ている。

水回りも新しいものに変わり、台所もお風呂もトイレも使いやすくなった。

壁や窓も綺麗になった。

「これなら、もう住めるなあ」

おじいちゃんが、満足そうに家の中を見渡した。

「本当に……」

碧は綺麗になった部屋を見渡した。

「最初に見たときとは、全然違いますね」

「みんなのおかげです」

「そうやな」

おじいちゃんが笑う。

「近所の人がおるけん、できたんや」



家の外も、少しずつ整えられていた。

車を家の横に置けるように、駐車場も綺麗に整備された。

もともと庭の一角にあった畑は、少し山側へ移すことになった。

「こっちに畑を寄せたほうが、車も置きやすいけん」

近所の人が言う。

「そうやな。そのほうがいい」

おじいちゃんも頷いた。

こうして、山側には畑。

その手前には駐車場。

そして、その先に平屋の家がある。

さらにその向こうには、海が広がっている。

おじいちゃんの家。

その後ろに庭。

庭を挟んだ先に、樹と碧が暮らす家。

そして、その家の向こう側には海。

家と庭と海が、まっすぐにつながるような場所になった。



特に凪沙と樹の部屋は、海側に面していた。

凪沙が自分の部屋の窓を開ける。

ふわっと潮の香りを含んだ風が入ってきた。

「……海、見える」

凪沙は窓の外を見つめた。

青い海が、目の前に広がっている。

庭からも海が見える。

そして、おじいちゃんの家から庭を通して離れを見ると、その先に海が見える。

風が庭を通り抜けて、家の中まで入ってくる。

「樹の部屋からも見える?」

凪沙が聞く。

「うん」

樹も自分の部屋の窓から外を眺めた。

「ほんとや」

樹はしばらく海を見ていた。

「すごいな」

「ここなら、毎日海が見えるね」

凪沙が笑う。

「うん」

樹も笑った。

「なんか……いいな」

凪沙は海を見つめた。

小さい頃からずっと見てきた海。

砂浜で貝殻を拾ったこと。

綺麗なシーグラスを見つけて、宝物にしたこと。

海に潜った夏の日。

その全部が、この景色につながっているような気がした。

そして今、その海を山で育った樹と一緒に見ている。

「樹」

「ん?」

「これから、いっぱい海見れるね」

樹は少し照れたように笑った。

「うん。一緒に見よう」

凪沙も笑った。

「うん」



庭では、おじいちゃんと竜樹が二人の様子を見上げていた。

「気に入ったみたいやな」

竜樹が笑う。

「そりゃそうやろ」

おじいちゃんも笑った。

「こんだけ海が見えるんやけん」

少し離れたところでは、碧も二人を見ていた。

急に始まった引っ越し。

急に変わった生活。

不安なことは、まだたくさんある。

けれど、ここには手を差し伸べてくれる人がいる。

困ったときに声をかけてくれる人がいる。

庭の向こうには、新しくなった家がある。

山側には畑があり、横には車を置ける場所がある。

そして、窓の外にはいつでも海がある。

半月かけて、みんなで綺麗にした離れ。

そこはもう、ただの古い建物ではなかった。

樹と碧が暮らす家。

凪沙がいつでも遊びに来られる場所。

そして、山と海をつなぐ場所。

新しい生活は、静かに始まっていた。
< 17 / 31 >

この作品をシェア

pagetop