ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~
食器を洗ってから、ソファに並んで映画を見た。
以前から気になっていた作品だったのに、途中で凛が小さく笑うと、そっちが気になった。
「今のところ、面白かった?」
「うん。夏樹くん、見てなかったの?」
「見てた。」
「じゃあ、どうして聞くの。」
画面に向き直りながら、隣で同じ映画を見て笑っていることが、なんだか嬉しくなった。
エンドロールが流れ始める頃には、窓から入る日差しが傾いていた。
「面白かったね。」
「な。続きあるんだっけ?」
「あるみたい。」
「今度それ見ようぜ。」
凛が頷いて、テーブルのマグカップを手に取った。
俺は空になった自分のカップを見た。
そろそろお湯を沸かそうか。それともプリンを出そうか。
そんなことを考えてから、時計に目がいった。
まだ夕方だった。
それでも、このあとは晩飯をどうするか話して、帰る時間を気にして、駅まで送ることになる。
「……こういう休み、いいな。」
凛がこちらを向いた。
「出かけなくても?」
「うん。飯作って、映画見て。」
言いながら、さっきのキッチンを思い出した。
皿を出してと言われたことも、卵が破れたことも、たぶん一人ならすぐ忘れていた。
「一緒に住んだら、こういう日が増えるのかなって。」
凛の手が、カップを持ったまま止まった。
口にした途端、俺まで緊張した。
さりげなく言うつもりだったのに、その先の言葉を待つ凛を見たら、曖昧にはしたくなくなった。
「俺、凛と一緒に住みたい。」
凛はカップをテーブルに戻した。
「……同棲ってこと?」
「うん。」
膝の上で、自分の手を組み直した。
「今すぐじゃなくていい。仕事のこともあるし、住む場所とか、ちゃんと考えなきゃいけないのはわかってる。」
凛は黙って聞いていた。
「だから、今日返事してほしいわけじゃなくて。凛にも、考えてほしい。」
少しの間があった。
その数秒で余計なことまで言いそうになって、口を閉じた。
「……寂しいから?」
凛の声は静かだった。
「それもある。」
そこは、格好つけても仕方なかった。
「でも、今日みたいなのもいいなって思った。凛と何作るか決めたり、食べ終わって、次どうするって話したり。」
テーブルには、まだ二人分のカップがあった。
「仕事から帰ってきても、こうやって話せたら嬉しい。」
凛は視線を落として、少し考えていた。
「毎日、今日みたいにのんびりはできないと思うよ。」
「うん。」
「疲れてて、ご飯を作りたくない日もあるし。」
「買って帰ろ。」
「夏樹くんが洗濯物をためて、私が怒るかもしれない。」
「それは……気をつける。」
言い切れなかった俺を見て、凛が少し笑った。
「そこは絶対しないって言わないんだ。」
「一回もやらない自信はない。」
凛の笑顔につられて、俺も息をつけた。
「でも、凛に全部やってもらうつもりはないよ。」
凛がゆっくり頷いた。
「私も考えてみる。通勤のこととか、お父さんたちにどう話すかも含めて。」
「……うん。」
その返事だけで、顔が緩みそうになった。
「まだ、決めたわけじゃないからね。」
「わかってる。」
「本当に?」
「嬉しいのは許して。」
凛は困ったように笑って、空のカップを俺のほうへ寄せた。
「お茶、おかわりほしい。」
「はい。」
◇
お湯を沸かしていると、凛がスマホを見ていた。
「何時くらいに帰る?」
できるだけ普通に聞いた。
さっきの話をしたあとだから、引き止めているようには聞こえてほしくなかった。
凛は少し迷ってから、顔を上げた。
「……今日は泊まっていこうかな。」
俺は持っていたティーバッグを落としかけた。
「え。」
「明日も休みだし。映画の続きも見たいから。」

凛はそう言って、スマホに視線を戻した。
耳が少し赤かった。
「……またそうやって。」
「何?」
「俺ばっか喜ばせる。」
凛の指が止まった。
「私も、まだ帰りたくないから言ってるんだけど。」
今度こそ、何も返せなかった。
凛は家に連絡すると言って、スマホを操作し始めた。
俺はお茶を二つ淹れて、冷蔵庫からプリンを出した。
明日の朝、何を食べよう。
卵はまだあった。食パンも、たぶん。
「凛。」
「うん?」
「明日の朝飯、オムレツでもいい?」
「卵の練習?」
「そう。二人分。」
凛はプリンを受け取りながら、笑った。
「じゃあ、期待してる。」
一緒に暮らす返事は、まだ先だった。
それでもその日は、帰りの電車を調べる代わりに、二人で次の映画を選んだ。