ハイカロリー ~優しいドラゴンと、ちょっとぽちゃっとした伝説~

第2話 おばちゃん最強伝説


「おい、菅谷。
 明日の5時、現地集合な。」

「はいっす。
 夕方からなら、十分間に合いますよね。」

「ちげぇよ、朝だよ。
 あんこの炊き上がりとおばちゃんの話を聞くんだよ。
 それからお前、データ取りにしばらく通ってもらうからな。
 現場百回っていうだろ?」

「え? そんなぁ……。」

 藤島さん、刑事ドラマじゃないんだからさぁ。
 現場百回って、なんなんだよ。


 翌朝、僕はなかやの工場にいた。
 守衛さんが、声をかけてくれた。

「おはようございます。
 あんこの炊き上がりを見たいって、あんたかい。
 あの会社の人が現場を見るのは初めてだな。
 エリートさんは現場に来ないと思っていたよ。」

「え? 前の人たち(設計1課)は見に来なかったんですか?」

「午前5時じゃ、寝てるんだろ。
 夜は遅いっていうから。」

 そうだよな、SEは夜型だから。
 藤島さんは定時に帰っているけど?

 僕は白衣に着替えて、現場に向かった。

「おはようございます。」

 僕は現場の人たちに声をかけたけど、返事がなかった。
 その様子を見ていた年配の女性(佐藤さん)が後ろから声をかけてくれた。

「ボンジーア、タリカ。
 お客さんだよ。」

「初めまして、菅谷です。
 今日はあんこの炊き上がりを見せてもらいに来ました。」

「タリカです。
 あんこ作ります。
 よろしく。」

「困っていることは、何でもこのお兄さんに話してあげて。」

「え? あ、ちょっと?」

「それじゃ、頼んだわよ。」

 そう言って忙しそうに佐藤さんは去っていった。

「スガヤ、今日のあんこが炊き上がった。
 少し冷ましてから、テイスティング。
 この時が一番コワイ。
 佐藤さん、ダメっていうと、全部使えない。」

「へぇ、そんなに厳しいんだ。」

「でも、お汁粉作ってくれる。」

 ああ、廃棄しないでおやつにするってね。

「ピンポーン。
 朝食の準備ができました。
 食堂へお集まりください。」


 食堂で、かいがいしく現場職員の世話を焼いているのは、先ほどの佐藤さんだった。

「タリカ、スガヤを連れておいで。
 朝ごはんはまだなんだろ?」

「はい、ごちそうになります。」

 食堂からあんこの甘い香りが漂っていた。
 ごはん、みそ汁、だし巻きたまご、漬物。
 僕はいつも喫茶店のモーニングなので、本当に久しぶりだった。

「スガヤ、お汁粉うまいぞ。」

 僕はこの工場のあんこの味が知りたかったので、1杯いただくことにした。

「おいしい。」

 思わず声が出た。

「これね、残念だけど、昨日の失敗作なんだよ。」

「え? これで?」

「お汁粉にするときに、少し味を調えたんだけどねぇ。
 うちのあんこは何も調整しなくても、そのままお汁粉にできる味なんだよ。
 あんこの出来上がりの味はこうでなければね。」

「佐藤さんのお汁粉、とにかくうまい。」

 それじゃ、もう一口……。
 甘いだけでなく、さっぱりとしていて、奥深い何か。
 
「塩が入っているんですか。」

「ああ、そうだよ。
 最近の若い子は、あんこに塩を使っているの、知らないのかい?」

「ええ……すみません。」

 意外だった。
 
「ほら、スイカに塩をかけると、甘味に深みが出るだろう?
 あれとおんなじだよ。
 甘いばかりではダメなんだよ。
 かといって、入れすぎたら台無しだよ。」

「あっ、そうなんですね。」

 お汁粉のおいしさに驚いた僕は、同時に自分の知識の浅さを痛感していた。

「あんこは塩で締まる……人間も同じだな。」

 藤島さん、今まさにその場面です。

「あんばいってのが難しくてね、なかなか伝わらないんだよ。」
 
 佐藤さんがため息をつきながら言った。
 そういえば藤島さんも、そんなことを言っていたな。

「職人の勘どころなんですね?
 それをデータ化できれば……。」

「あんたたちは同じことを言うんだね。
 以前に来た藤島さんも、同じようなことを言っていたから。」

 エリート1課は来なかったのに、藤島さんはここに毎日来ていた。
 藤島さんがあんこにうるさいのは、そういうことだったんだな。
 伝説の理由についてなんとなくわかった気がした。

「タリカは朝の佐藤さんが一番コワイ。
 なかなかOK出してくれない。」

「ちょっと、およしよ。
 現場じゃ小豆の機嫌を取るっていうんだけどもね。
 産地や粒のそろい具合、その日の天気なんかでも水加減が変わるんだよ。」

「ほんとに微妙な調整なんですね。」

「だから毎日同じものができない。
 お汁粉もいいけど、これがしょっちゅう起きると、ねぇ。」

 そうだよね。
 のんきにおいしいお汁粉を食べている場合じゃない。
 今日の製品ができるかどうか、工場には大問題だ。

「スガヤ、おいしいあんこ、作りたい。
 佐藤さんがOKするものを。」

 そうだ、僕はこの人たちの望みをかなえるためにいるんだ。
 頑張っている人が報われる。
 そんな当たり前のために。

「食事がすんだら、頃合いだね。
 今日の仕上がりを見に行くとするよ。」

「オテヤワラカニ。」

「どこでそんな言葉を覚えたんだい?」

「日本のアニメ大好き。
 デーモンスレイヤー!」

 ははっ、まったくだ。
 タリカには異国の剣士、そんな言葉がぴったりだよ。
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