ハイカロリー ~優しいドラゴンと、ちょっとぽちゃっとした伝説~
第3話 いにしえのドラゴン
「おう、お疲れさん。
どうだった、お汁粉は?」
「とてもおいしかったです。」
「そいつはよかったな。
優しい監督さんで。」
「え? どうして?」
「俺も散々食ったからな。
システムを組んでいる最中は試作品が出るだろ?
そいつをよく、もらって食ったんだ。
その時にいたおばちゃん監督はな、
『これがあんたの作品、そしてこっちが、うちの目指す味。』
そう言ってお汁粉を2杯出したんだよ。」
「それは、とても熱い展開ですね。」
「馬鹿言え、それが2週間だぞ。」
藤島さんも現場で戦っていたんだな。
僕たちは再び着替えて、佐藤さんとともに今日のあんこの仕上がりをチェックした。
「おや、あんた久しぶりだねぇ。
藤島さん、元気だったかい?」
「ああ、この通り腹も元気だぞ。」
「ちょっと、立派になっちゃって。」
藤島さんと佐藤さんは、古くからの知り合いなのか?
「ほらタリカ、それから菅谷さんも藤島さんも、食べてみて。」
「おいしいですね。」
「でもまだなんだよ。
この後鍋にちょっと味を調整するから。
仕上がったものと食べ比べておくれよ。」
そう言って佐藤さんは、タリカに調味料を持ってくるように指示していた。
藤島さんが鍋を見て、不機嫌そうに言った。
「ん? ちょっと待て。
どうして普通の回転鍋なんだ?
圧力鍋じゃなかったのか?」
「ああ、あれね。
いまでは製品を一発で仕上げるなんてできないだろ?
調整ができるように、普通の鍋を使っているんだよ。」
「それじゃ俺と職人が組んだシステムは、使われていないんだな?」
「あんな難しいものは、もう誰も使えやしないよ。
圧力鍋はね、一発勝負だよ。
ふたを閉めたら、もう誰も手出しできない。
それでも毎回同じ味を出せるなら、それに越したことはないけど──。」
「それならどうして使わなくなったんだ?」
「……怖いんだよ。
一度鍋がはぜてね。
部品が飛んで、天井に穴が開いたんだよ。」
「おい、そりゃ大変だったろう。
けが人はいなかったのかい?」
「幸い、けが人もなく大きな事故にはならなかった。
けど、鍋は壊れて、製品は廃棄するしかなかったよ。」
「そうか……あいつを危険にさらしたのは俺だったのか。」
「そんなに危ないものなんですか?」
「まぁ、あいつは扱いが難しいんだ。
調整を誤ると鍋が暴発して、大きな轟音とともに水蒸気が吹き荒れるんだ。
そうなってはもう誰も手が付けられない。」
藤島さんが少しの間、考え込んでいた。
「おい、菅谷。
お前確か、C++はわかるよな。
……何とかなるかもしれねえ。」
「どういうことですか?」
「俺らの手で、いにしえのドラゴンを復活させるんだ。」
「そんな、無理っすよ。
怪物じゃないっすか。」
「この人が名付けたんだよ。
『いにしえのドラゴン』って」
「あれは一度見たら忘れられない。
蒸気を吹き上げるさまは、まるでドラゴンだ。
蒸気がうなりを上げ、床板を震わせた。
まるで工場全体が竜の巣になったかのようだった。
だから俺がそう名付けた。
『いにしえのドラゴン』──それがあの鍋のあだ名さ。」
「でもドラゴンの復活って、危険と隣り合わせじゃないっすか?」
「まぁ、そのあたりは調整の余地を残しておいたんだ。
そればかりは職人の領域だって、譲らなかったからな。
だから全自動にはしない。
鍋に火を入れる前に、必ず『手綱を引ける』ようにしたんだ。」
「なるほどっす。」
「ちゃんとわかってんのか?
俺はな、もう一度あいつを現場に戻してやりたいんだよ。」
「もしあのドラゴンの息づかいを数値で捉えるなら……。
温度と蒸気圧の管理が厄介ですね。」
そう、扱いが難しいって。
「……藤島さん、あのドラゴンはタリカでも使えますか?」
「お前が、そういうふうにしてやるんだよ。」
「聞いてないっすよ、そんな難しいこと。」
「今、言ったからな。
菅谷、お前がドラゴンを飼いならせ」
いきなりそんな難題を……?
「ふふっ、まるで兄弟みたいだね。
若いころの藤島さんを見ているようだよ。」
「俺はもう少し、しゃきっとしてたさ。」
「何度職人に怒鳴られていたことやら。
そのたびに食堂へお汁粉を食べに、逃げてきたんだよ。」
「もう、蒸し返すなよ。
でも確かに、あの味は今でも覚えている。」
今では風格のある藤島さんも、若いころはそうだったんだよな。
あれ、30年前から?
僕より年が若いじゃないか。
そんな若いころから、現場を任されていたんだな。
伝説は、昔話じゃなかった。
今、確かに目の前にある。