ハイカロリー ~優しいドラゴンと、ちょっとぽちゃっとした伝説~
第6話 癒やしの聖女
「こんにちは、菅谷さんですね。」
「ええ、あなたは?」
「佐藤あかりです。
その……製造課長の佐藤の娘です。」
「ああ、佐藤さんの。」
「原料小豆の管理をしています。
母から小豆の説明をするように言われましたので。」
「よろしくお願いします。」
「ブエノスディアス、カルロス。
今日はここに、菅谷さんが見に来ます。
あずきを機械に入れるところを見せてあげてください。」
「シー、セニョリータ。
スガヤ、こっち来い。
少しは役に立つところを見せるよ。」
僕は原料の小豆を機械に投入するところから、順番に工程を追うことにした。
「袋から出して、ここに小豆を入れる。
毎日20袋入れる。」
カルロスが袋を開けると、ふわっと小豆の香りがした。
ザザーッ。
機械に投入された小豆たちが、カラカラと音を立てて踊りだした。
「今日はいつもより軽い音、ご機嫌だね。」
カルロスが小豆を手に取って話していた。
僕も手を差し出すと、カルロスが小豆を乗せてくれた。
乾燥していて、小豆の表面が少し粉っぽい。
「そうね、カルロス。
ここで選別された小豆を使ってあんこにします。
大きいものと小さいものは、別のところに行って製品にします。
甘納豆など、ほかのものになるんですよ。」
「粒ぞろいにもこだわりがあるんですね。」
「それが食感になりますので、粒ぞろいは重要ですよ。
それじゃ、次に行きます。
カルロス、アスタ・ルエゴ。」
カルロスはあかりさんに手を振っていた。
「あかりさん、彼らと話ができるのですか?」
「ちょっとだけ、あいさつぐらいかな。
ちゃんと話せれば、彼らにも仕事を任せられるのだけれどもね。
言葉の壁って、難しいでしょう?」
「そうっすね。
でも誰でもわかるようになれば、仕事が楽しくなりますよね。」
「ええ、この小豆の機嫌を取るってことを、うまく伝えられないかしら。」
そう、まさに今日聞きたいのはそこだ。
僕は思い切って聞いてみた。
「小豆の機嫌を取るって、どうやって教えてもらったんですか?」
「あ、その、おじいちゃんがここで職人をしていたから。」
「え? もしかして、野島さん?」
「はい、野島は母方の祖父です。」
「いや、まさか?
伝説の野島さんがおじいさんだったんすね。」
なんだろう、藤島さんと佐藤さん。
そして僕とあかりさん。
小豆に導かれし勇者?
それならあかりさんはドラゴンを鎮める聖女か?
「ここで小豆を洗います。
ほら、この音。
妖怪『あずき洗い』がいるみたいでしょ?
おじいちゃんがそう言っていたの。」
小気味よい、波音のような音がした。
それにしても妖怪って?
「そしてね、この妖怪さんの機嫌を取るのが水加減ね。
今日は空気がカラカラに乾いていて、小豆がカサカサ音を立ててる。
からっと晴れて気持ちいいね。」
あかりさん『あずき洗い』に話しかけているよ……。
「いっぱい遊んだら、ちょっとお水が欲しくなるかなって。」
「それで、どうするのですか?」
「少し気温が高めで乾燥していたから、お鍋に水を足すんだけどね。
小豆の量が多いから、ちょっと足すのだけでも結構お水を入れるのよ。」
「そこ、詳しくお願いします。」
「お鍋には最初に決まった水の量が入るのよ。
そこにね、水を足すのだけれども。そうね、今日はお鍋のふちから15cm下までが、ちょうどいいかしら。」
「そんなに?」
「吸水時間をちょっと長めにしているの。
水の量は以前より、さらに1割り増しだよ。」
「それは?」
「今は普通の鍋だから、かき混ぜながら蒸発して水分が逃げるでしょう?
タリカがかき混ぜながら火加減を調整しているの。
グラフを読んで、時間と温度をその通りにやってくれるのよ。」
「そこは自動じゃないんですね。」
「だから彼女に頼っているのよ。
きちょうめんな性格だから。」
「タリカ、結構重要なんですね。」
「ええ、ドラゴンさんは今、眠っているからね。」
あんこの規格がそろわなくなった理由。
職人の勘の継承が感覚で、もっとも難しい工程がアナログで……。
せっかくある自動化された機械も休眠中。
「あかりさん、僕と一緒にあのドラゴンを目覚めさせましょう。
それにはあなたの祈りが必要です。
あかりさんの経験を数値に置き換えるために、力を貸してください」
「え? あ、ちょっと何言ってるのよ。」
「その、あずき洗いの機嫌を取るプロセスを、僕に教えてください。」
「でも……やっぱり怖い。
見たでしょう? 天井のパネルが新しくなっているところ。
あれはドラゴンが暴れた跡なのよ。
言うことを聞かせるなんて……かなり難しいわよ。
私もまだ、なんとなくしかつかめていないのよ。」
「みんなにやさしいドラゴンになってもらいたいんです。
カルロスやタリカでも扱える、だれにでも操作できるようにしてあげたいんです。」
「でもね、祖父は『二度と使うことはないだろうな』って……もうあきらめろって言うのよ。」
そんな……野島さんと藤島さんが作り上げた、傑作じゃないか。
藤島さんの分厚いノートが何よりもそれを物語っている。
「おじい様しかわからなかった勘所を、みんながわかるようにして、やさしいドラゴンに仕上げたいんです。」
「……わかったわ。
おじいちゃんにも話を聞いておくわね。」
「ぜひお願いします。」
一つ間違えば、ドラゴンが暴れてしまう。
今は怖がられているけど、みんなにやさしいドラゴンになれるはずだ。
きっかけはつかめた。
あとはやるだけだ。