ハイカロリー ~優しいドラゴンと、ちょっとぽちゃっとした伝説~
第5話 優しいドラゴン
今日の僕はCADと格闘中。
画面に映し出された細く、細かい結線図。
いにしえのドラゴンに、新しい心臓を与えるため、制御図を描いていた。
「よぉ、進んでるか?」
声とともに差し出されたのは、なかやのようかんだった。
あいかわらず、口元に突き出す感じで。
「おい、ほれ。あ〜ん。」
「いやいやいや、さすがに……会社でそれは。」
「恥ずかしがるな。
じゃあ、二切れ置いとくぞ。」
皿に置かれたようかんを一口かじった。
あの日、工場で試食したあんことは、やっぱりちょっと違う。
「どうだ?」
「これはこれで……おいしいですよ。
でも、なにか違いますね。」
「だろ? 俺もがっかりした口だ。
でも材料も工程も同じなんだよ。」
「それじゃ、どうして味が変わったんですか?」
「昔はあの工場で、ようかんを製造していたのさ。
今じゃ、あそこは原料のあんこを作っているだけだ。
ようかんは別の工場で作っているのさ。」
「それじゃ、仕上がりの確認は?」
「AIだよ。
設計1課の仕事だ。
正直言って、出来はかなりいい。
忠実に工程を再現しているからな。」
「じゃあ、どこが違うんですか?」
「それこそあんこの力なんだよ。
炊き上がったあんこをどう加工するかは、手順通りにやればいい。
そこは昔から変わってねぇ。
でも味は、あの現場の空気とか、温度とかで変わるからな。
もっというと――小豆の気分次第。」
本当に僕が手掛けようとしているのは、『なかや』の心臓なんだな。
「まあ、職人の勘なんてファジーなものを扱うんだ。
ころころ変わる厄介なやつさ。」
そう言って藤島さんが、ぶ厚いノートを取り出した。
ページの端はよれて、インクのにじんだ跡が時の流れを語っている。
「俺がドラゴンの制御をやっていた頃のノートだ。」
ページをめくると、びっしりと手書きのメモ。
その中に、丸っこい字で別の書き込みがある。
「……これ、佐藤さんの?」
「おう、見たらわかるだろ。
やたら『かわいい』字。」
「『今日も野島さんに叱られていたわね。
明日はきっとできるから』って……?
これ、応援メモじゃないですか。
なんですかこれ、交換日記ですか?」
「声に出すなバカ。
照れるだろうが。」
「ふふっ、ぽちゃおじ、甘酸っぱいっすねぇ。」
「さあな、叱られながらも食堂に逃げてお汁粉食ってたんだ。」
「それはヘビーっすね。」
そう言いながらも、僕の手は止まらなかった。
温度、湿度、気圧、不快指数……そして『ご機嫌メーター』。
「これ、すごいっすね。
まるで職人の感覚を、数値化して読み解こうとしてるみたい。」
「……まあ、やろうとしただけだ。
職人の勘ってのは、あいまいでな、全部を数式に落とせるわけじゃない。」
「でもこれは、なかなかいい感じじゃないっすか。」
「そこは数値化して制御できなかった部分だ。
職人の勘どころってやつだ。
『職人の領分だ』って、野島の親父が譲らなかったんだ。」
「それじゃ、あの事故は?」
「小豆が機嫌を損ねたんだよ。
野島の親父が引退してから、あれこれ試してみたらしい。
職人の勘どころなんて、だれにでもわかるものじゃない。」
一つ間違えば、事故につながるんだな。
僕は気を引き締めてかかった。
「お前、タリカも使えるようにしたいって言ったよな。
それこそ勘所の再現を、だれにでもできるようにするってことだ。
まぁ……嫌いじゃないだろ?
そういうの。」
「え? まぁ、そうっすけど。
ほんとうにうまくいきますかね?」
わかっているさ。
僕が無謀なことをしようとしていることくらい。
「さあな。
それこそお前の腕次第だろ?
誰にでもやさしいドラゴンにしてやれよ。」
タリカたちが扱うことを考えると、ディスプレイで情報が見えるほうがいいな。
安全対策のためにもアラートが出るようにしよう。
「完全再現は無理でも、『再現性の高い仕組み』にはできるはずです。
タリカたちにも扱えるようにできるなら、やる価値はある。」
藤島さんが、少し驚いたようにこちらを見た。
「……言うようになったじゃねぇか、忠犬くん。」
「え、いや、それは……。」
「でも悪くないぞ、いい面になった。
俺の昔の目に似てる。」
「それ、褒めてます?」
「褒めてるに決まってんだろ。
お前はまだまだ鼻っ面が甘いけど、目だけはしっかりしてきた。」
そう言って、ノートを僕に差し出した。
「さあ、やってみな。
『やさしいドラゴン』は、お前が作るんだ。」
「はいっ!」
そのノートは、分厚くて、重くて、少しあったかかった。
僕は震える手でノートを受け取った。
いにしえのドラゴンの復活、そして優しくなってもらう。
僕たちの挑戦が始まった。