転生聖女の労働環境改革〜処刑まで残り180日。ブラック教会をホワイト化して生存ルートを勝ち取ります。監視役の騎士様がいつの間にか私にだけ過保護な最強の番犬に!
荘厳な静けさの中、老王フレドリクは玉座の肘掛けに深く身を預けていた。
手元の文書には、教会からの正式通達が記されている。
――聖なる裁きの儀の正式日程、および、聖女リオ・アリミヌエの処断決定。
侍従の足音が遠ざかったあと、王は静かに呟いた。
「……リオ・アリミヌエ、か」
年若き頃、王太子が奔放な時代に寵愛した侍女が居た。
子が身籠った事を知り、王みずからの手で、まだ若きその少女を身一つで王宮から追放したのだ。
辺境の教会に身を寄せていた侍女は、娘を生み落として亡くなったと報告を受けていた。
だが、家名を持たない『リオ』という名前の少女は、王太子に輿入れしたアリシアの生家であるムールブルク家の手によって『聖女』という役割を与えられ、教会へ引き渡された。
監視か、復讐か。もしくは王家に対する切り札か。
いずれにも当てはまる。
「皮肉なものだな……。正統な血筋のみを求めた王家に追放された忘れ形見が、神の光を受けるとは」
そのとき、重厚な扉が開き、一人の男が進み出る。
どこか朴訥とした、王族と言われなければ判らぬようなありふれた風貌の男。
彼の息子であり、王太子であるフェルディナンは、珍しくまっすぐに王を見据え、はっきりとした口調で言った。
「父上。少し、お話ししたい」
中肉中背で、よく言えば優し気。
だが、彼が長年『王太子らしく振舞うこと』を放棄している理由を、王は知っている。
今、その瞳には理知的な色が宿り、いつになく緊張の面持ちだった。
「聖なる裁きについて、です」
フェルディナンの言葉に、フレドリクはただ沈黙を返す。
「私は……収穫祭で、聖女リオ・アリミヌエの奇跡を目の当たりにしました」
「聖なる裁きは、奇跡を披露する聖女を害するとは限らんぞ」
「父上は、聖教会の不道徳な行為について、長く調査されてきたのではありませんか。先代のミレイ・アリミヌエ、その前はシェイラ・アリミヌエ、その前も……十年経たずに聖女が入れ替わっております。ただ奇跡を顕現させないという事が、命を奪われるほど大きな罪なのでしょうか」
「教会法と王国法とでは、整合が取れない部分があるのは事実だな」
「迂遠な物言いは結構です。ミレイはランズベリ辺境伯の長子でした。そしてランズベリ辺境伯は横領という罪を着せられ断絶。シェイラはガディアス公の末の娘ですが、ガディアス公の家名は王族録からも抹消されております」
フェルディナンの両手はきつく握りこまれている。
日頃ほとんど口を開かない息子の感情をこれほどまでに強く動かしているのは、ほかならぬ当代聖女を、名のある『個人』として認識したからであろう。
「リオ・アリミヌエは……かつての私の過ちの証ではないのでしょうか? あれほどリリィの面差しと重なる娘は、私の……いいえ、父上、貴方の血も受け継ぐ孫娘なのでは」
「それはあくまでも推論の域を出ぬ話よ。それに今更、過ちとは?」
「否定するつもりはありません。ただ……私は、知らなかったのです。絶望の日々の中で心を閉ざし、王族としての責務からも目を背け、ただ無為に流されるまま生きてきた。あの娘の存在さえ、ついこの間まで想像もしなかった。それなのに、処断という結末だけを黙認するなど……私には、できません」
王は黙って息を吐くと、文書を卓上に戻した。
「民は聖女を信じている。奇跡の噂は日々広まり、教会の強硬策に反発の声もある。だが一方で、ムールブルク侯の強大な寄進がなければ、軍備も外交もままならぬという現実もあるのだぞ」
王の声は、重く沈んでいた。
「私は、あの娘の生を、無為に終わらせることに同意できません」
「王太子として、ムールブルク侯爵を敵に回す覚悟はあるのか?」
一瞬の沈黙。
だが、フェルディナンは目を伏せながらも、確かに頷いた。
「……私の、娘なのです」