転生聖女の労働環境改革〜処刑まで残り180日。ブラック教会をホワイト化して生存ルートを勝ち取ります。監視役の騎士様がいつの間にか私にだけ過保護な最強の番犬に!
衣装部屋に髪飾りを取りに行っていたエイラが、いつの間にか戻ってきて咳払いをする。
年嵩の侍女は、相変わらず読めない表情で、鏡に向かって座っている理央の髪に手を入れた。
会話が途切れてしまい、カナンはもじもじとつま先を動かす。
鏡の中で、エイラによって髪を整えられている聖女の姿は、最初に出会ったときと同じ印象を受けた。
印象的な配色で、物語に登場する妖精のように、美しい。
聖女は、記憶をなくしたのだと言う。
だから過去の出来事は朧げな輪郭でしか覚えていないのだと。
高熱を出すほどつらい儀式に定期的に臨んでいた以前の聖女は、その日が近づくにつれて、だんだんと陰鬱な表情を浮かべるようになっていたが、決して「嫌だ」とは言わなかった。
身分の違うカナンとは釣り合わないほど、弱音を吐かない聖女の強さに、カナンは憧れを抱いていた。
儀式とは強さを得る儀式だったのだろうか。
相変わらず不便な生活を強いられているにもかかわらず、今の聖女もまた、決して弱音を吐かない。
折れそうで華奢な身体の中に、いったいどれほどの強さを蓄えているのだろう。
自分も儀式に臨めば、聖女のように強い存在となれるのだろうか。
鏡越しに聖女と視線が合うと、理央はカナンに優しい笑みを見せ、それから手元の羊皮紙を睨みつけた。
「万が一、信仰詩を忘れてしまっても、私が几帳の裏に控えております」
「ふうん、カンペってやつね。たいして長くないし、覚えられるでしょ。旋律にあわせるならなおのこと」
理央が、信仰詩の最初のフレーズを口ずさむ。
「あれ、私、歌声大きい? 腹式呼吸じゃない方がいいのかな」
無表情を貫いてきたエイラが、珍しく目を大きく見開いている。
「いえ……お美しい歌声かと存じます」
ややかすれたような言葉には、どこか郷愁の響きが宿っていた。