図書室の恋だより〜ただ静かに、君とページをめくりたい〜
そう思ったら、汐留くんは今度は女子たちに視線を向け、本棚の方を指した。
「本ならあっち」
それからポップのあるコーナーに向けて、指先を動かした。
「新学期おすすめコーナーもあります」
とまるで抑揚のない声で言った。
女子たちは一瞬、何を言われたのか分からないような顔をしていた。
けれど、すぐに
「えー」
「何よー」
と不満げな声を上げ始めた。
それでも、何も言わない汐留くんに諦めたのか、コーナーから何冊か本を手に取った。
そしてカウンターで、ぶっきらぼうに本を借り、図書室を出て行った。
ちなみに、この新学期おすすめコーナーのポップは、私が描いたものだ。
私は呆気に取られた。
すごい……。
図書室が静かになっただけではなく、本の貸し出しまでできてしまった。
私は汐留くんを見た。
しかし、当の汐留くんは少し肩を落としていた。
「ごめん」
と、また謝ってくれる。
私は、
「だ、大丈夫だよ」
と慌てて答えた。
なんだか大変だな......。
そっけない態度を取るのも、私や周りの人に謝ったり、気を遣ったりするのも。
汐留くんは全然悪くないのに。
ちらっと後ろを見る。
司書の先生は司書室にいるので、少し話しかけても大丈夫かな。
「あの、汐留くん」
私は少し声を落として言った。
汐留くんは私を見る。
「さっきは……呼び止めてくれてありがとう」
驚いたけど、「ここにいて」と言われたような気がして、ちょっと嬉しかったな……。
少し考えて続ける。
「汐留くんがおすすめしてくれたから、さっきの子たち、本も借りてくれたよ。
だからその‥‥‥」
「気にしないで」って言うもの違うかな‥‥‥。
汐留くんは騒がれるの嫌だと思うし。
「え、えっと……本が借りられるのは、私もうれしいし‥‥‥」
本当に、何がきっかけでも、本が読まれるのはうれしい。
でも私がうれしいからと言って、何になるんだろう。
もっと気の利いた言葉が言えたらいいんだけど‥‥‥。
んー……と、言葉に詰まっている私を見て、汐留くんの表情がふっと和らいだ。
「ありがとう」
汐留くんの言葉に、私は少し目を見開く。
「西本さんは、本が好きなんだね」
そう言って、穏やかに微笑んだ。
汐留くんって、こんなふうに笑う人なんだ。
笑ったところ、初めて見たかもしれない。
--「本が好きなんだね」
改めて人に言われると、なんだか気恥ずかしいな。
私はうつむいて、小さく頷いた。
◇
けれど意外にも早く、図書室は元の静寂を取り戻した。
ある日の当番。
私と汐留くんは、カウンターで本の修繕作業をしていた。
そんなに本格的なものではなく、ただ破れたページをテープで貼ったり、表紙の汚れを落としたり。
こういう作業は結構好き。
ちらっと汐留くんを見ると、汐留くんは丁寧に汚れを落としている。
作業中、またもや女子たちがやってきて、汐留くんに話しかけてきた。
汐留くんは気にせず黙々と作業を続けているので、私もそれにならった。
女子たちも慣れたもので、私たちのことなどお構いなしに、勝手に盛り上がっている。
すると突然、司書室から草野先生が出てきた。
女子たちは、一瞬で血の気が引いた。
手を後ろに組んだ草野先生が、
「本来の目的以外のことで、図書室に来るのはやめなさい。
そう、他の皆さんにも伝えてください」
と静かに、しかし鋭い口調で言った。
以前にも注意してくれたことはあったけど、今回はかなり本気なのが伝わってきた。
女子たちも何も言えなくなり、足早に去っていく。
私と汐留くんは、しばらく呆然と草野先生を眺めていた。
私たちの視線に気づくと、草野先生はコホンと咳払いして、
「君たちは自分の仕事をしてなさい」
と言って、また戻って行った。
私と汐留くんは顔を見合わせた。
それから、堪えきれず……ちょっとだけ、くすっと笑い合った。
◇
それからのこと。
「草野がマジギレしてる」
という噂がたちまち広がった。
女子たちはあまり図書室で騒がなくなった。
汐留くんをどうしても見たい子でも、本を借りたらそそくさと立ち去るか、閲覧スペースでちらちら見るだけに留まった。
図書室は静かになった。
けれど、汐留くんのおかげで利用者は少し増えた。
これは……瓢箪から駒ってことなのかな。