君のとなり 〜約束の168〜

第14章 好きと言われた夜

文化祭が終わった。

 校庭には、まだ後夜祭の熱気が残っている。

 さっきまであんなに賑やかだった校舎も、少しずつ静かになり始めていた。

 文化祭実行委員として過ごした時間も、今日で終わる。

 そう思うと。

 なんだか、少し寂しかった。

「瑠夏ちゃん」

 振り返る。

「……拓実先輩」

 拓実先輩が立っていた。

「ちょっといい?」

「はい」

 先輩についていく。

 人の少ない場所まで来ると、後夜祭のざわめきが少し遠くなった。

「文化祭、終わっちゃったね」

「はい」

「なんか、あっという間だった」

「本当に」

 準備を始めた頃は、まだずっと先だと思っていた。

 それなのに。

 気づけば、今日で終わり。

「実行委員も、これで解散だね」

「……そうですね」

 その言葉を聞いた瞬間。

 胸の奥が、ほんの少しだけ寂しくなった。

 拓実先輩と一緒に準備をした時間。

 くだらないことで笑ったこと。

 仕事を手伝ってもらったこと。

 そして――。

 椅子から落ちそうになった私を、抱き止めてくれたこと。

 全部、今日で終わってしまう。

「俺さ」

 拓実先輩が口を開いた。

「文化祭が終わったら、もう今みたいには会えなくなるんだなって思って」

「……」

「実行委員じゃなくなったら、放課後に会う理由もなくなるし」

 先輩が少し笑う。

「そう考えたら、なんか嫌だなって思った」

 胸が、小さく跳ねた。

「……嫌?」

「うん」

 先輩が私を見る。

「もっと瑠夏ちゃんと一緒にいたいって思った」

 心臓が、ドクンと鳴った。

「話したいし」

 一歩、近づく。

「もっといろんなこと知りたいし」

 先輩の目が、まっすぐ私を見ている。

「学校で見かけたら嬉しいし」

 頬が熱くなる。

「話せないと、ちょっと残念だし」

「……先輩」

「それでさ」

 先輩が少し照れたように笑った。

「気づいたら、瑠夏ちゃんのことばっかり考えてた」

 胸の奥が、ぎゅっとなる。

「もっと俺のこと、見てほしいって思うようになった」

 言葉が出なかった。

「だから」

 先輩の表情が、少しだけ真剣になる。

「俺、瑠夏ちゃんのこと、好きになった」

 心臓が、大きく跳ねた。

「……」

「俺と付き合ってくれない?」

 頭の中が真っ白になった。

 嬉しい。

 そう思った。

 拓実先輩に好きだと言ってもらえたこと。

 もっと一緒にいたいと思ってくれたこと。

 全部が嬉しかった。

 なのに。

 すぐに答えを出すことはできなかった。

「……すぐには、答えられないです」

 拓実先輩は、黙って私を見た。

 でも。

 急かさなかった。

「少しだけ……考えさせてください」

「うん」

 先輩は優しく笑った。

「分かった」

「……待ってくれるんですか?」

「もちろん」

 迷う私を責めることなく、先輩は頷いた。

「ちゃんと答えが出るまで、待ってる」

 その優しさが、胸に沁みた。

「……ありがとうございます」

「じゃあ――」

 拓実先輩が、ふと空を見上げた。

「花火、始まるよ」

「え?」

 次の瞬間。

 夜空に大きな花が開いた。

 ドン――。

「わあ……」

 思わず声が漏れる。

 次々と打ち上がる花火。

 赤、青、黄色。

 夜空いっぱいに広がっていく。

「綺麗だね」

「……はい」

 気づけば、拓実先輩が隣に立っていた。

 近い。

 肩が触れそうなくらい。

 でも。

 嫌じゃなかった。

 むしろ。

 この距離が、少しだけ嬉しい。

「今年、文化祭頑張ってよかったな」

「はい」

 先輩が笑う。

 私も笑った。

 その瞬間。

 また大きな花火が上がった。

 夜空を見上げる。

 隣にいる拓実先輩の横顔が、花火の光に照らされていた。

 胸が、また高鳴る。

 さっき告白されたばかりなのに。

 もう少しだけ。

 この時間が続けばいいと思った。

     *

 少し離れた場所。

 翔は、文化祭の片付けを終えて、校舎へ戻ろうとしていた。

 そのときだった。

 夜空に花火が上がった。

「……」

 足を止める。

 せっかくだから。

 最後に少しだけ見ていこうと思った。

 その視線の先に。

 二人の人影があった。

「……」

 見覚えのある後ろ姿。

 瑠夏。

 その隣にいるのは――。

 拓実先輩。

 二人は、並んで空を見上げていた。

 肩が触れそうなくらい近い。

 瑠夏が笑った。

 拓実先輩も、その横顔を見て笑っている。

 また花火が上がった。

 夜空いっぱいに広がる光。

 なのに。

 翔には、何も綺麗に見えなかった。

「……瑠夏」

 小さく名前を呼ぶ。

 届くはずもない。

 声をかけることもできない。

 ただ。

 その光景を見つめるしかなかった。

 知らなかった。

 こんなふうに。

 二人が一緒にいること。

 こんなに近くで。

 瑠夏が笑っていること。

 自分が学校に戻れなかった時間の中で。

 知らないところで。

 二人の距離は、こんなにも近くなっていた。

 胸の奥が、息ができないほど苦しくなる。

 それでも。

 翔は、その場から動けなかった。

 もう一度、花火が上がる。

 瑠夏の横顔が、夜空の光に照らされる。

 その隣には。

 拓実先輩がいる。

 翔は、ゆっくりと視線を落とした。

 そして。

 二人に気づかれないように、その場を離れた。

 足取りは、ひどく重かった。

 何も知らなかった。

 何もできなかった。

 ただ。

 好きな女の子が、自分ではない誰かの隣で笑っている。

 その現実だけが。

 胸の奥に、深く突き刺さっていた。
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