君のとなり 〜約束の168〜
第15章 拓実との恋
文化祭が終わった翌朝。
いつものように制服に袖を通して、鏡の前に立つ。
昨日までとは何も変わっていない。
同じ制服。
同じ髪型。
同じ通学路。
なのに――。
胸の奥だけが、少し違っていた。
昨日の夜。
後夜祭の花火を、拓実先輩と一緒に見た。
あんなに近くで、隣に並んで。
「寒くない?」
そう言って、私の顔を覗き込んだ拓実先輩。
「大丈夫です」
そう答えたのに、先輩は少し笑って、
「ならよかった」
とだけ言った。
その声を思い出しただけで、胸が熱くなる。
昨日から、頭の中は拓実先輩でいっぱいだった。
朝起きても。
制服に着替えていても。
通学路を歩いていても。
気づけば、昨日の先輩の言葉を思い出している。
「もっと俺のこと、見てほしい」
その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
不思議だった。
昨日までなら、こんなふうに誰かのことばかり考えるなんて、なかったのに。
今は、拓実先輩が何をしているのか。
今日、会えるのか。
どんな顔で話しかけてくれるのか。
そんなことばかり気になってしまう。
翔のことさえ、今は頭に浮かばなかった。
そして、もうひとつ。
花火が終わったあと。
人の波が動き始めた中で、拓実先輩が私のほうを見て言った。
「返事、急がなくていいから」
優しい声だった。
その言葉が、ずっと心に残っている。
私はまだ、答えを出していない。
でも――。
拓実先輩のことを考えると、自然と頬が緩んでしまう。
これって……。
もしかして。
私は、拓実先輩のことを――。
「瑠夏ー! 遅れるよ!」
玄関の外から声がして、私は慌てて鞄を掴んだ。
「今行く!」
家を出る。
いつもの道を歩きながら、何度もスマホを確認してしまう。
まだ、何も届いていない。
なのに。
何を期待しているんだろう。
そう思った瞬間。
スマホが震えた。
画面を見る。
《おはよう、瑠夏ちゃん。昨日、ちゃんと眠れた?》
思わず立ち止まった。
頬が熱くなる。
私は周りを見回してから、急いで返信した。
《おはようございます。眠れましたよ》
送信。
数秒もしないうちに、また通知が届く。
《よかった。俺はちょっと興奮して寝つけなかった》
その文章を見て、思わず笑ってしまった。
《文化祭が終わったからですか?》
そう送ると、
《それもあるけど》
少し間を置いて、
《昨日、瑠夏ちゃんと花火見たから》
と返ってきた。
心臓が、大きく跳ねた。
昨日のことを思い出す。
夜空に広がった花火。
その隣にいた拓実先輩。
近かった距離。
そして――。
「俺のこと、もっと見てほしい」
告白されたときの言葉。
スマホを胸元に抱きしめる。
どうしてこんなに嬉しいんだろう。
まだ付き合っているわけじゃない。
返事だってしていない。
それなのに。
拓実先輩から連絡が来るだけで嬉しい。
名前を呼ばれるだけで嬉しい。
一緒にいる時間を思い出すだけで、胸がいっぱいになる。
私は少しずつ――。
拓実先輩に惹かれている。
そんな気がした。
⸻
週が明けた、放課後。
文化祭が終わってから初めての月曜日。
文化祭が終わったからといって、部活まで休みになるわけじゃない。
私はいつものように新体操部の練習を終え、体育館を出た。
すっかり暗くなった校舎の廊下を歩いていると、昇降口のあたりに人影が見えた。
近づいていく。
その姿に気づいた瞬間、足が止まった。
「……拓実先輩?」
拓実先輩だった。
壁にもたれながら、スマホを見ている。
私に気づくと、先輩は顔を上げて笑った。
「お疲れ、瑠夏ちゃん」
「お疲れさまです……」
私は驚いたまま、先輩のところまで歩いていく。
「どうしたんですか?」
「ん?」
「こんなところで……」
先輩は少し照れたように笑った。
「待ってた」
「……私を?」
「うん」
その一言だけで、胸が大きく跳ねた。
「でも、部活終わる時間なんて……」
「文化祭のときに聞いてたから」
何気ない口調。
でも、私のことを覚えていてくれたことが嬉しかった。
「どうして待ってたんですか?」
少しだけ上目遣いに聞く。
すると拓実先輩は、ほんの少しだけ視線を逸らした。
「……一緒に帰りたかったから」
その言葉に、胸の奥がきゅっとなる。
文化祭が終わったら、実行委員という理由はなくなる。
それでも。
先輩は私と一緒にいたいと思ってくれている。
それが、たまらなく嬉しかった。
「……はい」
自然と笑顔になる。
「一緒に帰りましょう」
拓実先輩も笑った。
「うん」
並んで歩き始める。
「文化祭、終わっちゃったね」
先輩が言う。
「はい。なんだか寂しいです」
「俺は、ちょっと安心してる」
「どうしてですか?」
「文化祭が終わったら、瑠夏ちゃんに避けられるんじゃないかって……ちょっと思ってたから」
思いがけない言葉に、足が止まりそうになった。
先輩は少し照れたように笑った。
「告白したあとだからさ。返事を急がせたくはなかったけど……正直、もう話してもらえなくなるのは嫌だった」
「……先輩」
「でも、こうして一緒に帰ってくれるなら……安心した」
私は少しだけ俯いた。
嬉しい。
その気持ちは、もう隠せなかった。
「……はい」
小さな声で答える。
すると拓実先輩が、嬉しそうに笑った。
「よかった」
その笑顔を見ていると――。
もっと、この人のことを知りたい。
そう思った。
好きなもの。
苦手なもの。
休日に何をしているのか。
どんな音楽を聴くのか。
どんな未来を考えているのか。
そんなことまで知りたくなる。
そして。
私のことも、もっと知ってほしい。
そんな気持ちが、少しずつ大きくなっていく。
⸻
駅に着く。
いつもなら、ここで別れる。
「じゃあ、また明日」
拓実先輩が言う。
「はい。また明日」
そう答えて、先輩が歩き出す。
なのに。
なぜか、もう少しだけ一緒にいたいと思った。
「……先輩」
振り返る。
「ん?」
「……今日は、ありがとうございました」
何を言いたいのか自分でも分からない。
ただ、もう少し話していたかった。
拓実先輩はそんな私を見て、優しく笑った。
「こちらこそ」
そして、少しだけ首を傾ける。
「瑠夏ちゃん」
「はい?」
「待ってる」
文化祭の夜にもらった、その言葉。
今は、その言葉が少し違って聞こえた。
胸の奥が、じんわり温かくなる。
私は一度、小さく息を吸った。
そして、拓実先輩をまっすぐ見た。
「……私も、先輩と一緒にいたいです」
拓実先輩の目が、大きく見開かれる。
「それって……」
私は恥ずかしくて俯きながら、それでもちゃんと頷いた。
「……はい」
その瞬間。
「……瑠夏」
初めて呼び捨てにされた名前が、耳に落ちる。
次の瞬間。
ぎゅっ、と身体を抱きしめられた。
「……えっ」
突然のことに、身体が固まる。
でも、嫌じゃなかった。
拓実先輩の腕の中は温かくて、心臓の音が聞こえそうなくらい近い。
「……嬉しい」
耳元で、拓実先輩が小さく呟いた。
「ほんとに……嬉しい」
その言葉で、胸がいっぱいになる。
私も、そっと先輩の制服を握った。
「……私も、嬉しいです」
腕の力が、少しだけ強くなる。
「これから、よろしくな。瑠夏」
「……はい」
顔を上げることはできなかった。
恥ずかしくて、胸がいっぱいで。
ただ、拓実先輩の腕の中で、小さく笑った。
この日。
私は拓実先輩の恋人になった。
その日。
家に帰ってからも、拓実先輩との会話を何度も思い出した。
スマホに残ったメッセージを開いては、また閉じる。
そして、最後には。
小さく呟いた。
「……私、先輩のこと……好き」
拓実先輩と一緒にいると、嬉しい。
もっと一緒にいたい。
もっと知りたい。
もっと、私のことを見てほしい。
その気持ちは、もう確かに私の中にあった。
窓の外には、文化祭の夜に見たものと同じ空が広がっている。
私はその空を見上げながら、そっと胸に手を当てた。
昨日より少しだけ速くなる鼓動。
その理由を、私はまだ言葉にできなかった。
けれど――。
私の中で、何かが静かに動き始めていた。
いつものように制服に袖を通して、鏡の前に立つ。
昨日までとは何も変わっていない。
同じ制服。
同じ髪型。
同じ通学路。
なのに――。
胸の奥だけが、少し違っていた。
昨日の夜。
後夜祭の花火を、拓実先輩と一緒に見た。
あんなに近くで、隣に並んで。
「寒くない?」
そう言って、私の顔を覗き込んだ拓実先輩。
「大丈夫です」
そう答えたのに、先輩は少し笑って、
「ならよかった」
とだけ言った。
その声を思い出しただけで、胸が熱くなる。
昨日から、頭の中は拓実先輩でいっぱいだった。
朝起きても。
制服に着替えていても。
通学路を歩いていても。
気づけば、昨日の先輩の言葉を思い出している。
「もっと俺のこと、見てほしい」
その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
不思議だった。
昨日までなら、こんなふうに誰かのことばかり考えるなんて、なかったのに。
今は、拓実先輩が何をしているのか。
今日、会えるのか。
どんな顔で話しかけてくれるのか。
そんなことばかり気になってしまう。
翔のことさえ、今は頭に浮かばなかった。
そして、もうひとつ。
花火が終わったあと。
人の波が動き始めた中で、拓実先輩が私のほうを見て言った。
「返事、急がなくていいから」
優しい声だった。
その言葉が、ずっと心に残っている。
私はまだ、答えを出していない。
でも――。
拓実先輩のことを考えると、自然と頬が緩んでしまう。
これって……。
もしかして。
私は、拓実先輩のことを――。
「瑠夏ー! 遅れるよ!」
玄関の外から声がして、私は慌てて鞄を掴んだ。
「今行く!」
家を出る。
いつもの道を歩きながら、何度もスマホを確認してしまう。
まだ、何も届いていない。
なのに。
何を期待しているんだろう。
そう思った瞬間。
スマホが震えた。
画面を見る。
《おはよう、瑠夏ちゃん。昨日、ちゃんと眠れた?》
思わず立ち止まった。
頬が熱くなる。
私は周りを見回してから、急いで返信した。
《おはようございます。眠れましたよ》
送信。
数秒もしないうちに、また通知が届く。
《よかった。俺はちょっと興奮して寝つけなかった》
その文章を見て、思わず笑ってしまった。
《文化祭が終わったからですか?》
そう送ると、
《それもあるけど》
少し間を置いて、
《昨日、瑠夏ちゃんと花火見たから》
と返ってきた。
心臓が、大きく跳ねた。
昨日のことを思い出す。
夜空に広がった花火。
その隣にいた拓実先輩。
近かった距離。
そして――。
「俺のこと、もっと見てほしい」
告白されたときの言葉。
スマホを胸元に抱きしめる。
どうしてこんなに嬉しいんだろう。
まだ付き合っているわけじゃない。
返事だってしていない。
それなのに。
拓実先輩から連絡が来るだけで嬉しい。
名前を呼ばれるだけで嬉しい。
一緒にいる時間を思い出すだけで、胸がいっぱいになる。
私は少しずつ――。
拓実先輩に惹かれている。
そんな気がした。
⸻
週が明けた、放課後。
文化祭が終わってから初めての月曜日。
文化祭が終わったからといって、部活まで休みになるわけじゃない。
私はいつものように新体操部の練習を終え、体育館を出た。
すっかり暗くなった校舎の廊下を歩いていると、昇降口のあたりに人影が見えた。
近づいていく。
その姿に気づいた瞬間、足が止まった。
「……拓実先輩?」
拓実先輩だった。
壁にもたれながら、スマホを見ている。
私に気づくと、先輩は顔を上げて笑った。
「お疲れ、瑠夏ちゃん」
「お疲れさまです……」
私は驚いたまま、先輩のところまで歩いていく。
「どうしたんですか?」
「ん?」
「こんなところで……」
先輩は少し照れたように笑った。
「待ってた」
「……私を?」
「うん」
その一言だけで、胸が大きく跳ねた。
「でも、部活終わる時間なんて……」
「文化祭のときに聞いてたから」
何気ない口調。
でも、私のことを覚えていてくれたことが嬉しかった。
「どうして待ってたんですか?」
少しだけ上目遣いに聞く。
すると拓実先輩は、ほんの少しだけ視線を逸らした。
「……一緒に帰りたかったから」
その言葉に、胸の奥がきゅっとなる。
文化祭が終わったら、実行委員という理由はなくなる。
それでも。
先輩は私と一緒にいたいと思ってくれている。
それが、たまらなく嬉しかった。
「……はい」
自然と笑顔になる。
「一緒に帰りましょう」
拓実先輩も笑った。
「うん」
並んで歩き始める。
「文化祭、終わっちゃったね」
先輩が言う。
「はい。なんだか寂しいです」
「俺は、ちょっと安心してる」
「どうしてですか?」
「文化祭が終わったら、瑠夏ちゃんに避けられるんじゃないかって……ちょっと思ってたから」
思いがけない言葉に、足が止まりそうになった。
先輩は少し照れたように笑った。
「告白したあとだからさ。返事を急がせたくはなかったけど……正直、もう話してもらえなくなるのは嫌だった」
「……先輩」
「でも、こうして一緒に帰ってくれるなら……安心した」
私は少しだけ俯いた。
嬉しい。
その気持ちは、もう隠せなかった。
「……はい」
小さな声で答える。
すると拓実先輩が、嬉しそうに笑った。
「よかった」
その笑顔を見ていると――。
もっと、この人のことを知りたい。
そう思った。
好きなもの。
苦手なもの。
休日に何をしているのか。
どんな音楽を聴くのか。
どんな未来を考えているのか。
そんなことまで知りたくなる。
そして。
私のことも、もっと知ってほしい。
そんな気持ちが、少しずつ大きくなっていく。
⸻
駅に着く。
いつもなら、ここで別れる。
「じゃあ、また明日」
拓実先輩が言う。
「はい。また明日」
そう答えて、先輩が歩き出す。
なのに。
なぜか、もう少しだけ一緒にいたいと思った。
「……先輩」
振り返る。
「ん?」
「……今日は、ありがとうございました」
何を言いたいのか自分でも分からない。
ただ、もう少し話していたかった。
拓実先輩はそんな私を見て、優しく笑った。
「こちらこそ」
そして、少しだけ首を傾ける。
「瑠夏ちゃん」
「はい?」
「待ってる」
文化祭の夜にもらった、その言葉。
今は、その言葉が少し違って聞こえた。
胸の奥が、じんわり温かくなる。
私は一度、小さく息を吸った。
そして、拓実先輩をまっすぐ見た。
「……私も、先輩と一緒にいたいです」
拓実先輩の目が、大きく見開かれる。
「それって……」
私は恥ずかしくて俯きながら、それでもちゃんと頷いた。
「……はい」
その瞬間。
「……瑠夏」
初めて呼び捨てにされた名前が、耳に落ちる。
次の瞬間。
ぎゅっ、と身体を抱きしめられた。
「……えっ」
突然のことに、身体が固まる。
でも、嫌じゃなかった。
拓実先輩の腕の中は温かくて、心臓の音が聞こえそうなくらい近い。
「……嬉しい」
耳元で、拓実先輩が小さく呟いた。
「ほんとに……嬉しい」
その言葉で、胸がいっぱいになる。
私も、そっと先輩の制服を握った。
「……私も、嬉しいです」
腕の力が、少しだけ強くなる。
「これから、よろしくな。瑠夏」
「……はい」
顔を上げることはできなかった。
恥ずかしくて、胸がいっぱいで。
ただ、拓実先輩の腕の中で、小さく笑った。
この日。
私は拓実先輩の恋人になった。
その日。
家に帰ってからも、拓実先輩との会話を何度も思い出した。
スマホに残ったメッセージを開いては、また閉じる。
そして、最後には。
小さく呟いた。
「……私、先輩のこと……好き」
拓実先輩と一緒にいると、嬉しい。
もっと一緒にいたい。
もっと知りたい。
もっと、私のことを見てほしい。
その気持ちは、もう確かに私の中にあった。
窓の外には、文化祭の夜に見たものと同じ空が広がっている。
私はその空を見上げながら、そっと胸に手を当てた。
昨日より少しだけ速くなる鼓動。
その理由を、私はまだ言葉にできなかった。
けれど――。
私の中で、何かが静かに動き始めていた。