君のとなり 〜約束の168〜
第19章 放課後の教室
放課後。
その日の私は、日直の仕事が残っていた。
みんなが帰っていく教室で、私は黒板をきれいにしていた。
最後の文字を消して、黒板消しについたチョークの粉を払う。
「……これで終わり」
そのときだった。
「瑠夏」
聞き慣れた声が、後ろから聞こえた。
振り返る。
教室の入り口に、拓実が立っていた。
「……拓実?」
「まだ日直だったんだ?」
「うん。今、終わったところ」
「そっか」
拓実が教室の中へ入ってくる。
「待っててくれたの?」
「うん」
当たり前みたいに笑う。
「瑠夏と一緒に帰りたかったから」
その言葉に、胸がふわっと温かくなった。
「……嬉しい」
「俺も」
拓実が笑う。
その笑顔を見るだけで、自然と頬が緩んだ。
私は鞄を持ち上げる。
「じゃあ、帰ろう」
「うん」
そう答えたのに。
拓実は、動かなかった。
「……拓実?」
名前を呼ぶ。
すると、拓実が一歩近づいた。
「ん?」
「どうしたの?」
「……もうちょっとだけ」
「え?」
「瑠夏と一緒にいたい」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
「……私も」
そう答えると、拓実が嬉しそうに笑った。
「ほんと?」
「うん」
「よかった」
そのまま、また一歩。
距離が縮まる。
気づけば、私は壁際に立っていた。
「……拓実?」
拓実の腕が、私のすぐ横の壁につく。
近い。
いつもより、ずっと近い。
心臓が大きく跳ねた。
「瑠夏」
優しく名前を呼ばれる。
顔を上げると、拓実が少し照れたように笑っていた。
「最近、名前で呼んでくれるようになったの、嬉しい」
「……まだ恥ずかしいけど」
「知ってる」
「だから、あんまり見ないで」
「無理」
「もう……」
思わず笑ってしまう。
拓実も笑った。
そのまま、拓実の指が私の髪に触れる。
耳の横に落ちていた髪を、そっと払ってくれた。
「……可愛い」
「……っ」
顔が熱くなる。
「そういうこと言わないで」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「俺は言いたい」
そう言って、拓実が私を見る。
その瞳が、いつもより近い。
「……瑠夏」
「……なに?」
拓実の手が、そっと私の頬に触れた。
その瞬間。
胸が、どくんと鳴った。
拓実の顔が、ゆっくり近づいてくる。
逃げようとは思わなかった。
拓実のことが好き。
付き合えて嬉しい。
もっと近くにいたい。
だから――。
私は、目を閉じた。
受け入れようと思った。
その、本当に一瞬だった。
――翔。
中学生の頃のグラウンド。
高跳びのマット。
何度失敗しても、何度も跳ぼうとしていた翔。
『いつか、私の身長より高く跳んでね』
あの約束。
どうして。
どうして今、思い出すの?
「……っ」
気づいたときには、両手が拓実の胸に触れていた。
「……待って」
拓実の動きが止まる。
私は俯いた。
「……ごめんなさい」
「瑠夏?」
「違うんです……」
拓実が静かに私を見る。
「拓実が嫌なんじゃない」
それだけは、ちゃんと伝えたかった。
「じゃあ……?」
拓実の声が、少しだけ寂しくなる。
私は唇を噛んだ。
言えない。
翔を思い出した。
そんなこと、言えるはずがなかった。
「……分からない」
やっと出てきた言葉は、それだけだった。
拓実はしばらく黙っていた。
やがて、ふっと優しく笑う。
「……謝らなくていいよ」
「でも……」
「瑠夏が嫌がることはしたくないから」
そう言って、拓実は一歩下がった。
その優しさが、胸に刺さった。
「……ありがとう」
小さく呟く。
すると拓実は、私の手をそっと取った。
「じゃあ、今はこれで我慢する」
「……え?」
手の甲に――
ちゅっ。
「……っ!」
一瞬で顔が熱くなる。
拓実はそんな私を見て、少し照れたように笑った。
「かわいい」
「……もう……」
恥ずかしくて、俯いてしまう。
拓実が私の鞄を持ち上げた。
「ほら、帰ろう」
「うん」
教室を出る。
廊下を並んで歩く。
すると拓実が、そっと手を差し出した。
「手」
「……うん」
その手を取る。
指が絡まる。
温かい。
「……拓実」
「ん?」
「……手、繋いで帰ろ」
「もちろん」
握られた手が、ぎゅっと強くなる。
私はその温もりを感じながら、拓実の隣を歩いた。
幸せ。
拓実と一緒にいることが嬉しい。
それなのに――。
胸の奥には、まだ小さな痛みが残っていた。
どうして、あの瞬間に。
翔を思い出したんだろう。
その日の私は、日直の仕事が残っていた。
みんなが帰っていく教室で、私は黒板をきれいにしていた。
最後の文字を消して、黒板消しについたチョークの粉を払う。
「……これで終わり」
そのときだった。
「瑠夏」
聞き慣れた声が、後ろから聞こえた。
振り返る。
教室の入り口に、拓実が立っていた。
「……拓実?」
「まだ日直だったんだ?」
「うん。今、終わったところ」
「そっか」
拓実が教室の中へ入ってくる。
「待っててくれたの?」
「うん」
当たり前みたいに笑う。
「瑠夏と一緒に帰りたかったから」
その言葉に、胸がふわっと温かくなった。
「……嬉しい」
「俺も」
拓実が笑う。
その笑顔を見るだけで、自然と頬が緩んだ。
私は鞄を持ち上げる。
「じゃあ、帰ろう」
「うん」
そう答えたのに。
拓実は、動かなかった。
「……拓実?」
名前を呼ぶ。
すると、拓実が一歩近づいた。
「ん?」
「どうしたの?」
「……もうちょっとだけ」
「え?」
「瑠夏と一緒にいたい」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
「……私も」
そう答えると、拓実が嬉しそうに笑った。
「ほんと?」
「うん」
「よかった」
そのまま、また一歩。
距離が縮まる。
気づけば、私は壁際に立っていた。
「……拓実?」
拓実の腕が、私のすぐ横の壁につく。
近い。
いつもより、ずっと近い。
心臓が大きく跳ねた。
「瑠夏」
優しく名前を呼ばれる。
顔を上げると、拓実が少し照れたように笑っていた。
「最近、名前で呼んでくれるようになったの、嬉しい」
「……まだ恥ずかしいけど」
「知ってる」
「だから、あんまり見ないで」
「無理」
「もう……」
思わず笑ってしまう。
拓実も笑った。
そのまま、拓実の指が私の髪に触れる。
耳の横に落ちていた髪を、そっと払ってくれた。
「……可愛い」
「……っ」
顔が熱くなる。
「そういうこと言わないで」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「俺は言いたい」
そう言って、拓実が私を見る。
その瞳が、いつもより近い。
「……瑠夏」
「……なに?」
拓実の手が、そっと私の頬に触れた。
その瞬間。
胸が、どくんと鳴った。
拓実の顔が、ゆっくり近づいてくる。
逃げようとは思わなかった。
拓実のことが好き。
付き合えて嬉しい。
もっと近くにいたい。
だから――。
私は、目を閉じた。
受け入れようと思った。
その、本当に一瞬だった。
――翔。
中学生の頃のグラウンド。
高跳びのマット。
何度失敗しても、何度も跳ぼうとしていた翔。
『いつか、私の身長より高く跳んでね』
あの約束。
どうして。
どうして今、思い出すの?
「……っ」
気づいたときには、両手が拓実の胸に触れていた。
「……待って」
拓実の動きが止まる。
私は俯いた。
「……ごめんなさい」
「瑠夏?」
「違うんです……」
拓実が静かに私を見る。
「拓実が嫌なんじゃない」
それだけは、ちゃんと伝えたかった。
「じゃあ……?」
拓実の声が、少しだけ寂しくなる。
私は唇を噛んだ。
言えない。
翔を思い出した。
そんなこと、言えるはずがなかった。
「……分からない」
やっと出てきた言葉は、それだけだった。
拓実はしばらく黙っていた。
やがて、ふっと優しく笑う。
「……謝らなくていいよ」
「でも……」
「瑠夏が嫌がることはしたくないから」
そう言って、拓実は一歩下がった。
その優しさが、胸に刺さった。
「……ありがとう」
小さく呟く。
すると拓実は、私の手をそっと取った。
「じゃあ、今はこれで我慢する」
「……え?」
手の甲に――
ちゅっ。
「……っ!」
一瞬で顔が熱くなる。
拓実はそんな私を見て、少し照れたように笑った。
「かわいい」
「……もう……」
恥ずかしくて、俯いてしまう。
拓実が私の鞄を持ち上げた。
「ほら、帰ろう」
「うん」
教室を出る。
廊下を並んで歩く。
すると拓実が、そっと手を差し出した。
「手」
「……うん」
その手を取る。
指が絡まる。
温かい。
「……拓実」
「ん?」
「……手、繋いで帰ろ」
「もちろん」
握られた手が、ぎゅっと強くなる。
私はその温もりを感じながら、拓実の隣を歩いた。
幸せ。
拓実と一緒にいることが嬉しい。
それなのに――。
胸の奥には、まだ小さな痛みが残っていた。
どうして、あの瞬間に。
翔を思い出したんだろう。


