別府の湯けむり、君と50年の未来

ひまわりの約束

 あの日から、十年以上の月日が流れた。

 別府で交わした約束。

 鎌倉で再会した日。

 砂浜で「一緒に別府に帰ろう」と告げた日。

 そして、朝見神社で結婚式を挙げた日。

 雪と遥斗は、たくさんの時間を一緒に歩いてきた。

 今では二人の間には、三歳になった蒼生がいる。

 そんなある日、遥斗が雪に言った。

「今度の日曜日、一日中空けといて」

「一日?」

「うん。ちょっと俺についてきてほしいんだ」

 雪は不思議そうにしながらも頷いた。

 日曜日の朝。

 三人で車に乗り込む。

「今日はどこ行くの?」

 蒼生が楽しそうに聞く。

「行ってからのお楽しみ」

 遥斗が笑う。

 三人で楽しく話しながら車を走らせ、たどり着いたのは豊後高田市の長崎鼻。

 そこには、一面に広がる美しいひまわり畑があった。

「わぁ……」

 雪は思わず立ち止まった。

 青い空。

 きらきら輝く海。

 そして、太陽に向かって咲くたくさんのひまわり。

「ママ、ひまわりいっぱい!」

「本当だね。綺麗だね、蒼生」

 三人でひまわり畑を歩く。

 蒼生は楽しそうに走り回り、雪はその姿を見て笑っている。

 その笑顔を見つめながら、遥斗はポケットの中に手を入れた。

 そこには、小さな箱が入っていた。

「雪」

「ん?」

「ちょっと、こっち来て」

 雪が振り返る。

 遥斗は箱を取り出した。

「これ……雪に」

 蓋を開ける。

 中には、綺麗なネックレスが入っていた。

「雪、いつもありがとう」

 雪の瞳が大きくなる。

「家のことも、蒼生のこともしてくれて。俺が仕事を頑張れるのも、家に帰れば雪と蒼生が待っていてくれるからだと思ってる」

 遥斗は、ゆっくりと言葉を続けた。

「昔は、愛してるなんて言わなくても伝わってると思ってた」

 雪は静かに遥斗を見つめる。

「でも、蒼生に教えてもらったんだ。大切な人には、ちゃんと言葉にしたほうがいいって」

 遥斗は笑った。

「だから言うよ」

 雪の目をまっすぐ見つめる。

「雪。これからも愛してる」

 雪の瞳から、涙が一粒こぼれた。

「ありがとう……遥斗」

 遥斗は雪の首に、そっとネックレスをつける。

 太陽の光を受けて、ネックレスがきらりと輝いた。

「綺麗……」

「雪に似合うと思った」

 そこへ蒼生が駆けてくる。

「パパ!」

「ん?」

「パパ、かっこいいよ!」

「そうか?」

「うん!」

 遥斗は笑いながら、蒼生の頭を撫でる。

 実は今日のことは、蒼生にも相談していた。

「ママ、喜ぶかな?」

「うん! 絶対喜ぶよ!」

 そんな三歳の息子の言葉に背中を押されて、遥斗は今日の日を迎えたのだった。

「蒼生、ありがとうな」

「どういたしまして!」

 三人で笑う。

 雪は、ひまわり畑を見つめた。

 昔は、遠く離れた場所にいた。

 大分弁を笑われて、寂しくなった日もあった。

 それでも遥斗との約束を信じていた。

 温泉が長い年月をかけて地中を旅し、やがて温かい湯となって湧き出すように。

 二人の時間も、遠回りをしながら、少しずつ幸せへとたどり着いた。

 雪は遥斗の手を握る。

「遥斗」

「ん?」

「私、幸せだよ」

「俺も」

 蒼生が二人の手を握る。

「三人で?」

「うん」

「三人で幸せ!」

 三人の笑い声が、ひまわり畑に響いた。

 青い海。

 青い空。

 黄色いひまわり。

 そして、大切な家族。

 遥斗は雪の手を握りながら、あの日の約束を思い出していた。

 ――待ってて。

 ――絶対に迎えに行く。

 その約束は、もう遠い過去ではない。

 雪と遥斗と蒼生。

 三人で歩く、これからの未来そのものだった。

 五十年先も、その先も。

 きっと、今日と同じように。

 大切な人の隣で笑っている。

 ひまわりのような笑顔を、ずっと。

――完――
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