別府の湯けむり、君と50年の未来

パパの相談相手

 結婚してから、遥斗は雪に「愛してる」と言ったことがほとんどなかった。

 言葉にしなくても、分かっている。

 それが遥斗の考えだった。

 九州男児らしく、照れくさくて、口に出すのも苦手だった。

 けれど――。

 蒼生が三歳になった頃。

「ママ、大好き!」

「ママ、かわいい!」

「ママと一緒にいたい!」

 蒼生が雪に抱きついている姿を見ていると、遥斗の胸が少し苦しくなった。

 ――俺も、雪のことが大好きなのに。

 どうして言えないんだろう。

 ある日の夜。

 雪が家事をしている間、遥斗は蒼生を隣に座らせた。

「なあ、蒼生」

「なあに?」

「パパ、ちょっと相談があるんだけど」

「そうだん?」

「うん」

 遥斗は真剣な顔をする。

「パパはママのこと、大好きなんだ。でも、ママに『愛してる』とか『大好き』って言うの、恥ずかしいんだ」

「なんで?」

「……分からない。言わなくても伝わってると思ってたんだ」

 蒼生は少し考えた。

「パパ、ママに言えばいいじゃん」

「どうやって?」

「『ママ、だいすき』って!」

「……」

 遥斗は三歳の息子を見つめる。

「それだけ?」

「うん!」

 蒼生は笑った。

「ママ、言ってもらったら嬉しいよ」

「そうかな」

「蒼生だったら嬉しい!」

 遥斗は思わず笑った。

「そっか……」

 蒼生は遥斗の手を握る。

「パパも言ってみて」

「今?」

「うん!」

「……」

 遥斗は照れながら立ち上がった。

 キッチンにいる雪を見つめる。

「雪」

「ん?」

 振り返った雪に、遥斗は少し恥ずかしそうに笑った。

「……大好きだよ」

 雪は一瞬、驚いた顔をした。

「……え?」

 遥斗の顔は真っ赤だった。

「今まで言わなかったけど……俺、雪のこと愛してる」

 雪の目に、じわっと涙が浮かぶ。

「遥斗……」

 蒼生が嬉しそうに拍手する。

「パパ、できた!」

 三歳の小さな息子に背中を押されて――。

 遥斗は初めて、素直な気持ちを言葉にした。

 雪は笑いながら遥斗のところへ歩いていき、そっと抱きしめた。

「私も、愛してるよ」

 遥斗は照れながら、雪を抱きしめ返した。

「……言葉にするのも、悪くないな」

「うん」

 その日から遥斗は、少しずつ変わっていった。

 愛しているなら、ちゃんと言葉にする。

 大切な人には、大切だと伝える。

 それを教えてくれたのは――三歳の息子、蒼生だった。
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