ベンチから始まる怪談譚
滴
家に帰ってから、僕はスマホで『滴形のイヤリング』と検索した。
「うわっ……結構あるんだな」
画面をスクロールしては、気になるイヤリングを開く。
気づけば何時間も、イヤリングばかり眺めていた。
「雫に似合うもの……」
どれも綺麗だった。
でも、ファッションに疎い僕には想像するのが難しい。
「ダメだ……」
そう呟いて、僕はベッドの上へスマホを放り投げた。
(やっぱり実際に見に行かないと、雫に似合うものなんて分からないよな)
コミュ症の僕にとって、買い物だけでも十分ハードルが高い。
それなのに、若者が集まる雑貨屋へ行くなんて……。
でも――。
雫のためなら、頑張れる気がした。
そうこうしているうちに、一週間が経った。
久しぶりに、高台へ続く坂を登る。
夏休みも終わりが近づき、夕方の風はほんの少しだけ涼しくなっていた。
ベンチに腰を下ろす。
一週間会っていないだけなのに、ずいぶん長く顔を見ていなかった気がした。
「雫、来たよ」
僕が小さく声をかける。
「私のことが怖くなって、もう来ないのかと思ったよ」
音もなく、赤黒い姿のまま雫が現れた。
「ごめん。全然課題が終わってなくてさ。もうすぐ夏休みも終わっちゃうから」
「そっか。寂しすぎて悪霊になるところだったよ」
そう言って、雫はいたずらっ子みたいに笑った。
「いや、それ冗談っぽく聞こえないから」
僕も思わず笑い返す。
「あははっ」
辺りには、僕一人の笑い声だけが響く。
僕は鞄へ手を伸ばした。
この一週間、ネットとお店とを探し回ってようやく見つけた雫のためのイヤリング。
「雫、これ」
リボンの付いた袋を差し出す。
「えっ? もしかして……」
雫は目を輝かせているんだろう。
弾んだ声だけで、それが分かった。
僕はピンク色のリボンをほどき、中から小さなビニール袋を取り出した。中に滴形のイヤリングが、白い台紙に並んでいる。
「うわぁ……綺麗だね」
「滴形のイヤリングってさ、思ってた以上にたくさんあるんだよ。色も、本当にいろいろあってさ」
僕はイヤリングを台紙から外した。
「最初は白にしようと思ったんだ。雫の白のワンピースを思い出したから」
でも、と僕は小さく笑う。
「僕たちって、いつも夕方にここで会ってるだろ?」
僕は二つのイヤリングを摘み、沈みかけた夕日に透かした。
夕焼けを閉じ込めたような優しいオレンジ色が、きらりと光る。
「だから、この色にしたんだ」
雫はイヤリングへそっと手を伸ばした。
「あっ……」
掴もうとした指先は、そのままイヤリングをすり抜けてしまう。
「あっ、そっか……。ごめん、そこまで考えてなかった……」
僕は大事なことを忘れていた。
雫は、幽霊だったんだ。
雫は何も言わなかった。
ただ、夕焼け色のイヤリングをじっと見つめている。
やがて、ゆっくりと目を閉じた。
「ううん。ありがとう。すっごく嬉しいよ」
そう言って顔を上げる。
その瞬間だった。
赤黒く染まっていたワンピースから、少しずつ色が抜けていく。
長い黒髪も、血の跡を残すことなく風にさらりとなびいた。
気づけばそこには、僕が初めて出会った頃と同じ、白いワンピース姿の雫が立っていた。
「ねえ……君が私の耳に当ててくれない?」
そう言って、少しだけ首を傾ける。
「そして、そのイヤリングをつけた私の姿を、ちゃんと覚えておいて」
僕は小さく頷いた。
両手に一つずつイヤリングを摘み、雫の耳元へそっとかざす。
できるだけ手を伸ばし後ろへ下ると、その姿を見つめた。
夕焼け色の滴は、白いワンピースによく映えていた。
「うん。よく似合うよ」
「白いワンピースにも、すごく似合ってる」
「ふふっ、ありがとう」
そう言って雫は、向日葵のような笑顔を見せた。
その目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
「うわっ……結構あるんだな」
画面をスクロールしては、気になるイヤリングを開く。
気づけば何時間も、イヤリングばかり眺めていた。
「雫に似合うもの……」
どれも綺麗だった。
でも、ファッションに疎い僕には想像するのが難しい。
「ダメだ……」
そう呟いて、僕はベッドの上へスマホを放り投げた。
(やっぱり実際に見に行かないと、雫に似合うものなんて分からないよな)
コミュ症の僕にとって、買い物だけでも十分ハードルが高い。
それなのに、若者が集まる雑貨屋へ行くなんて……。
でも――。
雫のためなら、頑張れる気がした。
そうこうしているうちに、一週間が経った。
久しぶりに、高台へ続く坂を登る。
夏休みも終わりが近づき、夕方の風はほんの少しだけ涼しくなっていた。
ベンチに腰を下ろす。
一週間会っていないだけなのに、ずいぶん長く顔を見ていなかった気がした。
「雫、来たよ」
僕が小さく声をかける。
「私のことが怖くなって、もう来ないのかと思ったよ」
音もなく、赤黒い姿のまま雫が現れた。
「ごめん。全然課題が終わってなくてさ。もうすぐ夏休みも終わっちゃうから」
「そっか。寂しすぎて悪霊になるところだったよ」
そう言って、雫はいたずらっ子みたいに笑った。
「いや、それ冗談っぽく聞こえないから」
僕も思わず笑い返す。
「あははっ」
辺りには、僕一人の笑い声だけが響く。
僕は鞄へ手を伸ばした。
この一週間、ネットとお店とを探し回ってようやく見つけた雫のためのイヤリング。
「雫、これ」
リボンの付いた袋を差し出す。
「えっ? もしかして……」
雫は目を輝かせているんだろう。
弾んだ声だけで、それが分かった。
僕はピンク色のリボンをほどき、中から小さなビニール袋を取り出した。中に滴形のイヤリングが、白い台紙に並んでいる。
「うわぁ……綺麗だね」
「滴形のイヤリングってさ、思ってた以上にたくさんあるんだよ。色も、本当にいろいろあってさ」
僕はイヤリングを台紙から外した。
「最初は白にしようと思ったんだ。雫の白のワンピースを思い出したから」
でも、と僕は小さく笑う。
「僕たちって、いつも夕方にここで会ってるだろ?」
僕は二つのイヤリングを摘み、沈みかけた夕日に透かした。
夕焼けを閉じ込めたような優しいオレンジ色が、きらりと光る。
「だから、この色にしたんだ」
雫はイヤリングへそっと手を伸ばした。
「あっ……」
掴もうとした指先は、そのままイヤリングをすり抜けてしまう。
「あっ、そっか……。ごめん、そこまで考えてなかった……」
僕は大事なことを忘れていた。
雫は、幽霊だったんだ。
雫は何も言わなかった。
ただ、夕焼け色のイヤリングをじっと見つめている。
やがて、ゆっくりと目を閉じた。
「ううん。ありがとう。すっごく嬉しいよ」
そう言って顔を上げる。
その瞬間だった。
赤黒く染まっていたワンピースから、少しずつ色が抜けていく。
長い黒髪も、血の跡を残すことなく風にさらりとなびいた。
気づけばそこには、僕が初めて出会った頃と同じ、白いワンピース姿の雫が立っていた。
「ねえ……君が私の耳に当ててくれない?」
そう言って、少しだけ首を傾ける。
「そして、そのイヤリングをつけた私の姿を、ちゃんと覚えておいて」
僕は小さく頷いた。
両手に一つずつイヤリングを摘み、雫の耳元へそっとかざす。
できるだけ手を伸ばし後ろへ下ると、その姿を見つめた。
夕焼け色の滴は、白いワンピースによく映えていた。
「うん。よく似合うよ」
「白いワンピースにも、すごく似合ってる」
「ふふっ、ありがとう」
そう言って雫は、向日葵のような笑顔を見せた。
その目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。