十年前なら、あなたを好きになれたのに。―10歳下の後輩に本気で恋をしました―
第3話 頼れる2年目
第3話 頼れる二年目
「……え?」
一ノ瀬くんの足が止まった。
「あの新婦、たぶんこの結婚式したくないよ」
私がもう一度言うと、一ノ瀬くんは二人が去っていった方向を見た。
「でも、小宮山さんは『皆さんが喜んでくれれば』って」
「言ってたね」
「それなら――」
「一ノ瀬くん」
「はい?」
「小宮山さんに希望を聞いたとき、最初に何したか覚えてる?」
「最初?」
一ノ瀬くんが少し考える。
「……神崎さんを見た?」
「そう」
ほんの一瞬だった。
でも、確かに紗季さんは隆臣さんの顔を見た。
「それまで小宮山さん、自分の意見ほとんど言ってなかったでしょ」
「確かに」
「私が聞いたときだけ、何か言おうとした。でも結局『皆さんが喜べば』って答えた」
「だから、本当は別の希望がある?」
「可能性があるってだけ。まだ決めつけないで」
「違うかもしれない?」
「もちろん。こういうのは決めつけるのが一番ダメだから」
一ノ瀬くんは黙った。
「……なるほど」
「なに?」
「いや。俺、全然気づかなかったなと思って」
「営業と婚礼じゃ見るところが違うから」
「十一年やってると、ああいうの分かるようになるんですか?」
「どうだろ。少なくとも最初の頃よりはね」
「なるほど……助かります」
「何が?」
「俺、婚礼のこと全然知らないんで」
あっさりと言った。
二年目とはいえ、営業として今回の大型案件を任されるくらいだ。
もう少し変なプライドがあるかと思っていた。
「じゃあ私から小宮山さんに一度――」
「いや」
遮られた。
「水野主任は、まだ動かない方がいいと思います」
「……なんで?」
「今、水野主任から新婦だけに連絡したら、神崎家から見たときに、ホテルの婚礼担当が勝手に新婦側へ肩入れしたように見える可能性があります」
思わず一ノ瀬くんを見る。
「今回、神崎家との窓口は営業部です。向こうへの説明は俺からやります」
「でも」
「水野主任は小宮山さんのこと考えてください。神崎家との面倒なのは俺がやるんで」
さらっと言って、一ノ瀬くんはスマートフォンを取り出した。
「……一ノ瀬くん」
「はい?」
「意外と考えてるんだね」
「それ褒めてます?」
「半分くらい」
「残り半分は?」
「二年目にしては、って感じ」
「それ、年齢関係ないって言った人が言います?」
「うるさい」
一ノ瀬くんが笑った。
翌朝。
出勤してメールを確認していると、婚礼部門の事務所に一ノ瀬くんが現れた。
「水野主任」
「おはよう。どうしたの?」
「来週火曜日、十五時」
「なにが?」
「神崎さんと小宮山さんです。お二人だけで来てもらえることになりました」
「……もう?」
「はい」
思わず時計を見る。
昨日の打ち合わせから、まだ一日も経っていない。
「神崎家には?」
「話通してあります」
「お父様にも?」
「もちろん」
「なんて説明したの?」
「若い世代のゲストにも満足していただける婚礼にするために、お二人の好みをもう少し詳しく伺いたい、と」
「……なるほど」
それなら神崎家側にもメリットがある。
「隆臣さんには?」
「婚礼部門から追加提案をしたいので、次回はお二人だけでお越しいただけませんかって」
「小宮山さんの話は?」
「してません。水野主任だって、まだ決めつけるなって言ったじゃないですか」
ちゃんと聞いていたらしい。
「……仕事早いね」
「営業なんで」
少し得意そうに笑う。
生意気。
でも。
思っていたより、ずっと頼りになる。
「水野主任、一個聞いていいです?」
「なに?」
「昨日、小宮山さんが本音じゃないって思っても、その場で聞かなかったのはなんでです?」
「初対面の人に『本当は嫌なんですよね?』なんて聞かれたらどう思う?」
「……警戒しますね」
「でしょ。プランナーだからって、何でも聞いていいわけじゃないの。まず、この人になら話してもいいって思ってもらわないと」
「なるほど」
一ノ瀬くんが小さく頷く。
「覚えときます。助かります」
素直だ。
質問はするけれど、何も考えずに聞いているわけではない。
自分なりに考えて、分からないところだけ聞いてくる。
だから不思議と面倒には感じなかった。
そして一週間後。
二度目の打ち合わせ。
今日は隆臣さんと紗季さんの二人だけだった。
最初から結婚式の規模については触れなかった。
「お二人が初めてデートした場所って、どこなんですか?」
「え?」
紗季さんが少し驚いてから笑った。
「大学の近くにあった、小さなカフェです」
「まだあるんですか?」
「あります。この前も行きました」
「八年経っても?」
「はい」
隣で隆臣さんも笑っている。
そこから好きな食べ物、音楽、休日の過ごし方。
二人について話してもらった。
一ノ瀬くんは余計な口を挟まず、隣でメモを取っている。
やがて紗季さんの表情が少しずつ柔らかくなっていった。
私は頃合いを見て聞いた。
「小宮山さん」
「はい」
「もし、人数もご家族のご希望も何も考えなくていいとしたら。どんな結婚式にしたいですか?」
沈黙。
今度は隆臣さんを見なかった。
「……本当は」
紗季さんが小さく息を吸った。
「家族と、本当に仲のいい友達だけで……小さな式がしたかったんです」
隆臣さんが隣で目を見開いた。
「紗季?」
「ごめんね」
「いや……俺、知らなかった」
「だって、お義父さんも楽しみにしてるし。隆臣の仕事にも関係するでしょ?」
「でも」
「私が我慢すればいいと思ってた」
重い沈黙が落ちる。
やっぱり。
でも同時に分かった。
隆臣さんも悪くない。
知らなかったのだ。
二人とも周囲を優先するあまり、一番大切な相手に本音を言えていなかった。
しばらく二人の話を聞いた。
そして一段落したところで。
「水野主任」
それまで黙っていた一ノ瀬くんが口を開いた。
「一つ、いいですか?」
「うん」
「両方やるのはダメですか?」
「両方?」
「三百五十人の披露宴と、小宮山さんがやりたかった結婚式」
私は一ノ瀬くんを見る。
「例えば挙式は、ご家族と親しい友人だけ。三十人か四十人くらい。その後の披露宴から他の招待客に来てもらう」
「一ノ瀬くん、それ……」
「昨日、チャペルと宴会部に確認しました」
「え?」
「もし水野主任の予想が当たってたら、別案が必要になると思ったんで」
一ノ瀬くんが手元の資料を開く。
「午前中ならチャペルの時間を長めに確保できるそうです。披露宴会場への導線も問題ない。ただ、挙式と披露宴の間の時間とか、婚礼として実際に回せるかは俺じゃ分からないんで」
資料を私の方へ向ける。
「ここから先は、水野主任にお願いしていいですか?」
一瞬、言葉が出なかった。
思いつきで言ったわけじゃない。
もう確認してある。
しかも自分の領域と、私の領域をちゃんと分かっている。
「……できると思う」
私は資料を見る。
「少し調整は必要。でも、これなら組める」
紗季さんが顔を上げた。
「本当ですか?」
「はい。もちろん神崎家の皆さんとも調整が必要ですが、方法はあります」
「よかった……」
その表情を見て、私も少しだけ笑った。
打ち合わせが終わり、二人を見送る。
エントランスへ戻る途中、私は隣を歩く一ノ瀬くんを見た。
「一ノ瀬くん」
「はい?」
「営業、向いてるね」
「……今さらですか?」
「褒めてるよ」
「どのくらい?」
「かなり」
一ノ瀬くんが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、『一ノ瀬でよかった』まであと少しですね」
「それはまだ早い」
「厳しいなぁ」
そう言って笑う横顔を見ながら、私は思う。
二十四歳。
大卒二年目。
最初に聞いたときは、正直不安だった。
でも。
この子となら、案外いい仕事ができるかもしれない。
「……え?」
一ノ瀬くんの足が止まった。
「あの新婦、たぶんこの結婚式したくないよ」
私がもう一度言うと、一ノ瀬くんは二人が去っていった方向を見た。
「でも、小宮山さんは『皆さんが喜んでくれれば』って」
「言ってたね」
「それなら――」
「一ノ瀬くん」
「はい?」
「小宮山さんに希望を聞いたとき、最初に何したか覚えてる?」
「最初?」
一ノ瀬くんが少し考える。
「……神崎さんを見た?」
「そう」
ほんの一瞬だった。
でも、確かに紗季さんは隆臣さんの顔を見た。
「それまで小宮山さん、自分の意見ほとんど言ってなかったでしょ」
「確かに」
「私が聞いたときだけ、何か言おうとした。でも結局『皆さんが喜べば』って答えた」
「だから、本当は別の希望がある?」
「可能性があるってだけ。まだ決めつけないで」
「違うかもしれない?」
「もちろん。こういうのは決めつけるのが一番ダメだから」
一ノ瀬くんは黙った。
「……なるほど」
「なに?」
「いや。俺、全然気づかなかったなと思って」
「営業と婚礼じゃ見るところが違うから」
「十一年やってると、ああいうの分かるようになるんですか?」
「どうだろ。少なくとも最初の頃よりはね」
「なるほど……助かります」
「何が?」
「俺、婚礼のこと全然知らないんで」
あっさりと言った。
二年目とはいえ、営業として今回の大型案件を任されるくらいだ。
もう少し変なプライドがあるかと思っていた。
「じゃあ私から小宮山さんに一度――」
「いや」
遮られた。
「水野主任は、まだ動かない方がいいと思います」
「……なんで?」
「今、水野主任から新婦だけに連絡したら、神崎家から見たときに、ホテルの婚礼担当が勝手に新婦側へ肩入れしたように見える可能性があります」
思わず一ノ瀬くんを見る。
「今回、神崎家との窓口は営業部です。向こうへの説明は俺からやります」
「でも」
「水野主任は小宮山さんのこと考えてください。神崎家との面倒なのは俺がやるんで」
さらっと言って、一ノ瀬くんはスマートフォンを取り出した。
「……一ノ瀬くん」
「はい?」
「意外と考えてるんだね」
「それ褒めてます?」
「半分くらい」
「残り半分は?」
「二年目にしては、って感じ」
「それ、年齢関係ないって言った人が言います?」
「うるさい」
一ノ瀬くんが笑った。
翌朝。
出勤してメールを確認していると、婚礼部門の事務所に一ノ瀬くんが現れた。
「水野主任」
「おはよう。どうしたの?」
「来週火曜日、十五時」
「なにが?」
「神崎さんと小宮山さんです。お二人だけで来てもらえることになりました」
「……もう?」
「はい」
思わず時計を見る。
昨日の打ち合わせから、まだ一日も経っていない。
「神崎家には?」
「話通してあります」
「お父様にも?」
「もちろん」
「なんて説明したの?」
「若い世代のゲストにも満足していただける婚礼にするために、お二人の好みをもう少し詳しく伺いたい、と」
「……なるほど」
それなら神崎家側にもメリットがある。
「隆臣さんには?」
「婚礼部門から追加提案をしたいので、次回はお二人だけでお越しいただけませんかって」
「小宮山さんの話は?」
「してません。水野主任だって、まだ決めつけるなって言ったじゃないですか」
ちゃんと聞いていたらしい。
「……仕事早いね」
「営業なんで」
少し得意そうに笑う。
生意気。
でも。
思っていたより、ずっと頼りになる。
「水野主任、一個聞いていいです?」
「なに?」
「昨日、小宮山さんが本音じゃないって思っても、その場で聞かなかったのはなんでです?」
「初対面の人に『本当は嫌なんですよね?』なんて聞かれたらどう思う?」
「……警戒しますね」
「でしょ。プランナーだからって、何でも聞いていいわけじゃないの。まず、この人になら話してもいいって思ってもらわないと」
「なるほど」
一ノ瀬くんが小さく頷く。
「覚えときます。助かります」
素直だ。
質問はするけれど、何も考えずに聞いているわけではない。
自分なりに考えて、分からないところだけ聞いてくる。
だから不思議と面倒には感じなかった。
そして一週間後。
二度目の打ち合わせ。
今日は隆臣さんと紗季さんの二人だけだった。
最初から結婚式の規模については触れなかった。
「お二人が初めてデートした場所って、どこなんですか?」
「え?」
紗季さんが少し驚いてから笑った。
「大学の近くにあった、小さなカフェです」
「まだあるんですか?」
「あります。この前も行きました」
「八年経っても?」
「はい」
隣で隆臣さんも笑っている。
そこから好きな食べ物、音楽、休日の過ごし方。
二人について話してもらった。
一ノ瀬くんは余計な口を挟まず、隣でメモを取っている。
やがて紗季さんの表情が少しずつ柔らかくなっていった。
私は頃合いを見て聞いた。
「小宮山さん」
「はい」
「もし、人数もご家族のご希望も何も考えなくていいとしたら。どんな結婚式にしたいですか?」
沈黙。
今度は隆臣さんを見なかった。
「……本当は」
紗季さんが小さく息を吸った。
「家族と、本当に仲のいい友達だけで……小さな式がしたかったんです」
隆臣さんが隣で目を見開いた。
「紗季?」
「ごめんね」
「いや……俺、知らなかった」
「だって、お義父さんも楽しみにしてるし。隆臣の仕事にも関係するでしょ?」
「でも」
「私が我慢すればいいと思ってた」
重い沈黙が落ちる。
やっぱり。
でも同時に分かった。
隆臣さんも悪くない。
知らなかったのだ。
二人とも周囲を優先するあまり、一番大切な相手に本音を言えていなかった。
しばらく二人の話を聞いた。
そして一段落したところで。
「水野主任」
それまで黙っていた一ノ瀬くんが口を開いた。
「一つ、いいですか?」
「うん」
「両方やるのはダメですか?」
「両方?」
「三百五十人の披露宴と、小宮山さんがやりたかった結婚式」
私は一ノ瀬くんを見る。
「例えば挙式は、ご家族と親しい友人だけ。三十人か四十人くらい。その後の披露宴から他の招待客に来てもらう」
「一ノ瀬くん、それ……」
「昨日、チャペルと宴会部に確認しました」
「え?」
「もし水野主任の予想が当たってたら、別案が必要になると思ったんで」
一ノ瀬くんが手元の資料を開く。
「午前中ならチャペルの時間を長めに確保できるそうです。披露宴会場への導線も問題ない。ただ、挙式と披露宴の間の時間とか、婚礼として実際に回せるかは俺じゃ分からないんで」
資料を私の方へ向ける。
「ここから先は、水野主任にお願いしていいですか?」
一瞬、言葉が出なかった。
思いつきで言ったわけじゃない。
もう確認してある。
しかも自分の領域と、私の領域をちゃんと分かっている。
「……できると思う」
私は資料を見る。
「少し調整は必要。でも、これなら組める」
紗季さんが顔を上げた。
「本当ですか?」
「はい。もちろん神崎家の皆さんとも調整が必要ですが、方法はあります」
「よかった……」
その表情を見て、私も少しだけ笑った。
打ち合わせが終わり、二人を見送る。
エントランスへ戻る途中、私は隣を歩く一ノ瀬くんを見た。
「一ノ瀬くん」
「はい?」
「営業、向いてるね」
「……今さらですか?」
「褒めてるよ」
「どのくらい?」
「かなり」
一ノ瀬くんが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、『一ノ瀬でよかった』まであと少しですね」
「それはまだ早い」
「厳しいなぁ」
そう言って笑う横顔を見ながら、私は思う。
二十四歳。
大卒二年目。
最初に聞いたときは、正直不安だった。
でも。
この子となら、案外いい仕事ができるかもしれない。