天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
ゆっくりと藍衣が目を覚ます。一葉の顔を見て、掠れた声で「おばさま……」と小さく小さく囁いた。

「自分の名前は言える?」

「わたし……は……くろば、あい」

「よかった。もう大丈夫よ。痛いところはない?」

「……うん……」

いまだぼんやりとしている藍衣。長い間眠っていたのだ、反応としては正常だ。

しかし、黎士の顔を見ると、口をゆっくりと開き、震える唇で絞り出した。

「あなた、は…………だれ?」

黎士と一葉が凍りつき、まさかと最悪の事態が脳裏をよぎる。

もちろん、目覚めたばかりで頭がぼうっとしているだけという可能性はあるが……。

「記憶障害か……?」

黎士が愕然とした声で呟く。一葉は藍衣の手を取り、ゆっくりと語りかけた。

「ねえ、藍衣。昨日のこと、覚えている? ゆっくりでいいから教えて」

「おぼえて……いること……」

藍衣が復唱する。わずかに片目を細めて眉間に皺を寄せると、記憶を無理やり絞り出すように口にした。

「しごと……そうだ、青木様が、退院、なさって……お見送りを」

一葉が言葉を失う。一方黎士は、聞いたことのない患者の名前に眉をひそめた。

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