天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
「お前の代わりに縁談を受けると言った朱璃でさえ、事故で頭がおかしくなってしまった。あんな状態では嫁の貰い手がない」

「朱璃姉さんが……私の代わりに縁談を……」

その瞬間、歩道橋の上で姉と交わしたやり取りがフラッシュバックした。

――『藍衣はあんなに素敵な人に愛されて幸せになるのに、私はお父さんの借金のために金持ちに売られるなんて』――

そう言って涙を流して駆け出した姉に、藍衣は手を伸ばし――。

(足を踏み外した姉さんとともに、階段の上から転げ落ちたんだ)

頭を押さえて震える藍衣をよそに、郷一郎は高らかに手を広げる。

「だが、天が私に味方をした。事故によりお前は記憶を失い、あの男のことをすべて忘れた。もう二度とあの男に興味を持たないよう、朱璃の仇だと擦り込んで近づかせないようにした。朱璃はあんな状態だからな、どんな嘘をつこうが真実は露見しまい」

藍衣は愕然と目を見開く。黎士のことを『仇』と呼んだのは、藍衣を騙すための嘘――喋れない朱璃を利用して、真相を確かめようのない嘘をでっち上げた。

そうとは知らず、黎士のことをずっと疑っていた自分が情けなくなる。

< 211 / 252 >

この作品をシェア

pagetop