天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
万年筆を渡され、郷一郎に小突かれる。もちろん署名などしたくはないが、姉を救う手立ても思いつかない。額に汗がじんわりと浮かび上がる。

できることなら愛する人と――黎士と結婚したかった。自分のために奔走する、彼の優しくてぶっきらぼうな顔が頭をよぎる。

それを振り払うようにぎゅっと目を瞑り覚悟を決め、筆を走らせようとしたとき。

ノックする音が聞こえて「失礼いたします」と執事の男性が部屋に入ってきた。

「なんだ、取り込み中だ」

「申し訳ございません、急ぎのご連絡がございまして」

よほど緊急の要件なのだろう、篠森の隣にやってきて耳打ちする。篠森は血相を変えて郷一郎と藍衣を一瞥すると「通せ」と短く指示した。

「……失礼ですが、黒芭さん。藍衣さんは一度もご結婚されていないと伺っていましたが」

意図の読めない質問に、郷一郎は「もちろんでございます!」と身を乗り出して応じる。

「ですがたった今、藍衣さんの夫と名乗る方が、訪ねてこられたようで」

怪訝な顔をする篠森とは反対に、驚きに目を丸くする郷一郎と藍衣。

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