さようなら、お別れしましょう
――正妃。
今のわたくしの胸に鋭く突き刺さったのは、死刑という言葉よりも『正妃』の呼称だった。
わたくしがどれだけ望んでも、ずっと手に入らない『正妃』の名と立場。
わたくしから正妃の地位を奪ったのは、レフィカ様。
彼女さえ、いなければ、わたくしが正妃だったはず――
「ベルタ。腕利きの暗殺者を雇いなさい。ジグルズ様がそばにいるなら、あなたでは難しいでしょう」
「暗殺者を……」
ベルタはしょせん素人。
最初から、ベルタにやらせようとしたのが間違いだった。
銀の鏡台まで早足で歩き、引き出しの取っ手を引く。
引き出しの中には、宝石がついたアクセサリーがたくさん入っていた。
「暗殺者を雇うのに、この宝石を使いなさい」
引き出しの中から、宝石がついたアクセサリーをいくつも取り出して、ベルタに渡す。
「お待ちください。もし、陛下が先ほどの話を耳にしていたら、メリア様も罪に問われます……! 今なら、まだ!」
「わたくしに惨めなままでいろと言うの? 妻になったのに、初夜すらまだなのよ。なぜだかわかる? イーザック様はレフィカ様に惹かれているからよ!」
ベルタはハッとした表情を浮かべ、わたくしに頭を下げた。
「イーザック様の愛が手に入るなら、宝石なんて、いくらでもくれてやるわ! ベルタ、あなたはわたくしの味方でしょう?」
「もちろんです。私はメリア様に拾われた身。裏切ったりなどしません」
ベルタは宝石のついたアクセサリーを両手で、恭しく受け取った。
「……メリア様のため、レフィカ様を始末しますわ。吉報をお待ちくださいませ」
「ベルタ! わたくしが頼れるのは、ベルタだけよ!」
「メリア様の信頼は私だけのもの。その信頼にお応えしてみせます」
「そうよ……。もう信じられるのは、ベルタだけ……ベルタだけよ……」
誰も信用できない――わたくしを『愛している』と言っていたイーザック様。
――あなたが言った『愛している』は、本物の愛でしたか?
当たり前のように愛情を注がれてきたイーザック様。
イーザック様にとって、『人を愛する』ことがどんなことなのか、気づいていなかったとしたら……
――イーザック様の初恋はレフィカ様。
どこからか、冷たい夜風が入り込み、ぶるっと寒気が走った。
そんなはずないと思いたい。
でも、今のイーザック様が、わたくしに言わなくなった言葉がある。
それは――
『愛している』
レフィカ様がいなくなれば、言えますわよね?
昔のように何度でも、わたくしに『愛しているよ、メリア』と――
ベルタは覚悟を決めた顔で、わたくしに一礼し、きゅっと唇を結ぶ。
そして、部屋から出ていった。