True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~
第1章 出逢い

EP01

 幼稚園で迎えた5歳の誕生日。
 先生がマイクを近づけて「将来の夢を教えて?」と聞いたことがあった。
 私はちょっと考え込んで、「看護婦さん……それかお嫁さん!」と頬を上気させて答えた。
 先生は「どっちも叶うといいわね」と優しく微笑んだ。

 2006年3月10日。
 私は、仲崎由惟(なかざきゆい)、26歳。ある企業で事務のパートをしている。
 看護師を目指して大学へ入学するも、実習を通してこの仕事が自分には向かないと実感し、中退してしまった挫折者でもある。
 そんな半端者の私を「正社員」として雇ってくれる企業はどこにもなかった。
 少なくとも私が住む街――札幌では。

「次は新札幌~降り口は左側です」

 乗車した快速列車が停車し、下車する人の波に乗って改札口へと向かう。
 それから路線バスに乗って、いつもの帰宅ルートを急ぐ。
 私の唯一の楽しみはネットゲーム。
 ではそのネットゲームは充実しているのかと言えば、そうでもない。
 それでも私がそのゲームに執着していたのは、つかの間の仮想現実で現実を忘れていたかっただけ。
 もし一緒に遊べるようなパートナーがいればまた変わるんだろうか。
 彼氏とかじゃなくて、何でも話せる友達のような、そんなひと。
 バスに揺られながら、私はそんなことを考えた。

 -*-

 自宅に帰ってすぐに入浴、食事。それが終わるとやっと自分の時間。
 しかし運がいいのか悪いのか、緊急メンテでログインが出来なかった。
 実際メンテは何時に終わるかわからない。
 溜め息をつきながら、パソコンを立ち上げる。
 やっているオンラインゲームの交流掲示板にアクセスした時だった。

 フレンド募集のスレッドに、新しい募集が立っていた。
 投稿者はアイコンも使っておらず、『TAR』というBOTみたいな名前だった。
 更新時刻は2006年3月10日の2:22、なにこの怪しすぎるタイムスタンプ。
 それでも気になって私はその募集を確認する。

『現役でも引退済みでもOK。このゲームを知っている人とフレンドを希望します』

 冷やかしもなければ、悪戯のメッセージも書かれていない。
 そりゃそうだ。
 こんな怪しさ全開の釣り、誰が引っかかるだろう。
 けれども相手には顔も名前も分かりっこない。なんなら使ってるキャラの名前もサーバー名も正直に教える必要なんかない。
 本当も嘘もごちゃ混ぜな世界での出会いは、危険しかない。

「むうう……釣りだよ釣り。寝よ、寝よ」

 私はパソコンを落として、ベッドに横になった。
 
 -*-

 それから1週間後のことだった。
 私が所属するギルドで、レアモンスターの討伐に出かけた。
 そのモンスターを釣るのが私の役目だったのに、タッチの差で負けてしまった。

「お前のせいでまた取られた」
「役立たず」
「もういい加減ギルドから抜けてくれ」

 庇ってくれると思っていたフレンドは、巻き込まれないようにただ黙っているだけだった。
 もう我慢の限界だった。

「はいはい、さっさと抜けますよ」

 ギルドから借りていたレア武器も装備も全部返却した後、アカウントを消した。
 スッキリしたと思うのに、この理不尽に涙はぽたぽた落ちてくる。

「なんで……」

 ただ心の中にぽっかりと空いた穴を何かで埋めたかった。
 気が付けば、私はあの掲示板を開いていた。
 以前見つけた時にしっかりブックマークしていたことに苦笑する。

『初めまして、KIKKOって言います。フレンド希望です。事情があってゲームを引退したんですが、それでもいいですか?』

 勢いでそう入力した。
 返信なんか直ぐに返ってこないだろうと思ってた。
 待つ間、何度も再読み込みを繰り返した。
 すると1時間後に返信が届いていた。

『先ほど鍵つきのチャットルームを用意しました。リンクをたどって来てもらえますか?』

 私は貼られたリンクをクリックする。

 ――TARさんが入室しました。
 ――KIKKOさんが入室しました。

『こんばんは……TARです。こんな深夜に起きてて大丈夫ですか?』

 そういうあなただって、こんな深夜に起きていると思うけど。
 時計を確認すると午前2時15分。

『大丈夫です。TARさんは眠くないですか?』
『はい。俺は、仕事が一段落ついたんで。もし眠かったら出られてもいいですから』

 へえ、こんな時間に仕事? 
 一体何してる人なわけ?
 疑問は浮かんでくるものの、詮索して拒絶されるのもつらい。
 触れないことにした。

『フレンドになってくれてありがとう』

 メッセージとともに現れる、流行のアニメのAA(アスキーアート)
 それはとても精巧に出来ていた。

『文字がイラストになってる!』
『こういうの得意なんですよ』
『なんかナスカの地上絵みたい……』
『は? ……ナスカ? なんで?』
『ある方向から見たら絵にみえるから!』
『そう来るとは思わなかった……! 面白い感想をありがとう』

 メッセージと共に繰り出される顔文字。
 明るく陽気な人なんだと思う。
 不純な動機でフレンドに立候補した私を、全力で歓迎するように話しかけてくれる。
 心が温かくなるのがわかった。

 それからしばらく、ゲームの話をした。
 私はあのモンスターの攻略がどうだとか、ドロップアイテムのなにがお高いとかそういう話しかできなかったのに対し、TARさんは、天空のエリアのグラフィックが素晴らしく綺麗だとか、あるエリアの女性型モンスターの動きがベリーダンスっぽくてセクシーだとか、そんなことを話しだす。

 楽しかった。
 1時間なんてあっという間だった。

『KIKKOさんて、面白いですね。……話せて良かった。おやすみなさい』
『TARさんほどじゃないです。私も楽しかった。おやすみなさい』

 顔文字付きでTARさんはログアウトしていく。

 ――TARさんが退室しました。

 そのログを見送って私はため息をつく。午前3時15分。
 TARさんとまた話したい。
 そういえば次に話す約束をしなかったことを悔やみながら、眠りについた。
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