True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~
EP48
武が部屋を出た後、私は空を眺めていた。
二羽の白い鳩が羽ばたきながら、私の視界を横切った。
深いため息が漏れた。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
隣の部屋?と思って私はドアの方を振り返った。
なにか硬いものが落ちる音がドアの向こうから聞こえたような気がして、私は慌てて扉を開けると、大きな正方形の段ボール箱を二つ抱えた武が立っていた。
「ごめん、ルームキー下に落としちゃってさ」
「呼んでくれたらドアを開けたのに」
「……そうなんだけど、俺だって怖い時もあるんだ」
そう言って武は、ベッド脇にその箱を並べる。
「随分大きな荷物……これ、なに?」
「開けてからのお楽しみ」
そう言いながら武は部屋のカーテンを閉じる。
部屋の照明を一度すべて点け、そこから少し光量を落とした。
ほの暗い室内。それは海底を思わせるかのようだった。
武はスーツケースからノートパソコンを取り出し、音楽サイトにアクセスして静かなピアノの曲を流した。
何が起こるのかわからないまま、私は武を見守った。
そして立ち尽くす私に、白い段ボールカッターを手渡す。
「開けてみて」
私は武を見つめた。
穏やかな微笑み。ダークグレイの双眸は不安に揺れていた。
私はこの箱から何が出てくるのか怖くなった。
それでも武が、私にこの箱を開けてほしいと望むなら、開けなければと思った。
屈んで慎重にガムテープの封を開ける。
段ボールが開く。白いサテンの布が上に掛けられていた。
それをめくると、ビニール袋に包まれた真珠色のワンピース――いや、Aラインの総レースの純白のウェディングドレスが現れた。
私はそのドレスを見たことがあった。
いや、正確に言えば似たデザインのドレスだ。
箱からドレスを持ち上げた両手が震える。
「こんなことって……どうしてこのドレスがここにあるの!?」
信じられなかった。
このドレスのデザインは、オンラインゲームの結婚式で「SAI」が着たドレスと似ているのだ。
「びっくりした? ……ふたりで着てみようぜ?」
「うん。……って、え?」
「もう一つは俺用なんだよ」
「タキシードもあるの!?」
武は私の横に並び、私から段ボールカッターを受け取ってガムテープを裂いた。
中から出てきたのは、白いタキシードだ。
「ほらな?」
「ドレスの下にブーケと、靴と、アクセサリーとかも入れて貰ったんだよな」
「ねぇ武、これどうしたの? まさか買ったの?」
「いや、レンタルだよ。室内で着用限定で一式借りた」
「……どうして、こんな……」
胸が苦しい。
武の想いがすべてここに詰まっている気がした。
「由惟……着替え、手伝ってくれないか?」
「うん」
武が箱からタキシード一式を取り出す。
その着替えを私は泣きながら手伝った。
堪えようと思うのに、涙が止まらない。
ブルーグレイのスーツから、白いタキシードに着替えた武。
私は武の左胸に、カサブランカのような白百合のブートニアを付けた。
「ありがとう。次は由惟の番だな」
私はワンピースを脱ぎ、ペチコートだけを纏った。
部屋の空調の静かな機械音と、流れるピアノの旋律が潮騒に聞こえる。
ドレスに袖を通し、背中の長いファスナーを、武がゆっくりと閉じていく。
武の指が体に触れるたび、小さな衝撃が体中を走った。
「ねえ……どうしてこのドレス、私にぴったりなの?」
「それは、由惟の服や靴のサイズを毎年チェックしてたから」
「ウソ……」
「オンラインゲームで挙式の話が持ち上がった時から、いつかリアルでもドレスを着せたいってずっと思ってた」
武が私の頭にマリアベールを掛ける。
上から造花の百合の花冠を頭に置いた。
最後に白いパンプスを履き、造花の白百合のブーケを私に手渡す。
「だけど俺にはこれが精一杯なんだ。ごめんな、由惟……」
武に手を引かれて、大きな姿見の前に並んで立つ。
5歳の時に私が夢見た、『お嫁さん』が、お婿さんと一緒に並んで立っていた。
-*-
武が私のマリアベールをたくし上げ、泣いている私の瞼に軽いキスを贈る。
「由惟……すごく似合ってる。綺麗だ」
「ありがとう。武も、カッコいいよ。ちゃんと決まってる」
私はなんとか笑おうとして、無理やり笑顔を作る。
口元は簡単に笑うのに、目はどうしても涙で濡れてしまう。
「由惟……愛してる。心から君だけを」
「ズルい……。どうして……このタイミングでそれを言うの?」
ずっと欲しかった、聞きたかった言葉だった。
それを武は全力で叶えてくれた。
私は、武のタキシードのネクタイをぐっと掴んで引き寄せる。
言葉にならない。
でも武の言葉に、私は答えたい。
武の視線と私の視線がぶつかる。
「やっと……武に手が届いた……」
ありったけの想いを込めて、私は武の唇を奪った。
武もそれに応えるように、舌を絡める。
今までで一番熱い、溶けるようなキスだった。
「それでも武を愛してる、この先なにがあっても、それだけは消したくない」
「……刻んでもいいか? 由惟の中に俺を――」
私は言葉で返答しない。代わりに、微笑んで小さく頷いた。
武にベッドに押し倒される。
すると首に下げていた、あのサイズの合わない指輪が飛び出た。
「付けていてくれたのか……」
「お守りだから。これからもずっとね」
その言葉を聞いて、武の手が止まった。
と同時に武の目から涙が落ちた。
最初の一滴をきっかけに、涙は雨のようにとめどなく溢れる。
私から離れていく武の背中を、私は包み込むように抱きしめた。
二羽の白い鳩が羽ばたきながら、私の視界を横切った。
深いため息が漏れた。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
隣の部屋?と思って私はドアの方を振り返った。
なにか硬いものが落ちる音がドアの向こうから聞こえたような気がして、私は慌てて扉を開けると、大きな正方形の段ボール箱を二つ抱えた武が立っていた。
「ごめん、ルームキー下に落としちゃってさ」
「呼んでくれたらドアを開けたのに」
「……そうなんだけど、俺だって怖い時もあるんだ」
そう言って武は、ベッド脇にその箱を並べる。
「随分大きな荷物……これ、なに?」
「開けてからのお楽しみ」
そう言いながら武は部屋のカーテンを閉じる。
部屋の照明を一度すべて点け、そこから少し光量を落とした。
ほの暗い室内。それは海底を思わせるかのようだった。
武はスーツケースからノートパソコンを取り出し、音楽サイトにアクセスして静かなピアノの曲を流した。
何が起こるのかわからないまま、私は武を見守った。
そして立ち尽くす私に、白い段ボールカッターを手渡す。
「開けてみて」
私は武を見つめた。
穏やかな微笑み。ダークグレイの双眸は不安に揺れていた。
私はこの箱から何が出てくるのか怖くなった。
それでも武が、私にこの箱を開けてほしいと望むなら、開けなければと思った。
屈んで慎重にガムテープの封を開ける。
段ボールが開く。白いサテンの布が上に掛けられていた。
それをめくると、ビニール袋に包まれた真珠色のワンピース――いや、Aラインの総レースの純白のウェディングドレスが現れた。
私はそのドレスを見たことがあった。
いや、正確に言えば似たデザインのドレスだ。
箱からドレスを持ち上げた両手が震える。
「こんなことって……どうしてこのドレスがここにあるの!?」
信じられなかった。
このドレスのデザインは、オンラインゲームの結婚式で「SAI」が着たドレスと似ているのだ。
「びっくりした? ……ふたりで着てみようぜ?」
「うん。……って、え?」
「もう一つは俺用なんだよ」
「タキシードもあるの!?」
武は私の横に並び、私から段ボールカッターを受け取ってガムテープを裂いた。
中から出てきたのは、白いタキシードだ。
「ほらな?」
「ドレスの下にブーケと、靴と、アクセサリーとかも入れて貰ったんだよな」
「ねぇ武、これどうしたの? まさか買ったの?」
「いや、レンタルだよ。室内で着用限定で一式借りた」
「……どうして、こんな……」
胸が苦しい。
武の想いがすべてここに詰まっている気がした。
「由惟……着替え、手伝ってくれないか?」
「うん」
武が箱からタキシード一式を取り出す。
その着替えを私は泣きながら手伝った。
堪えようと思うのに、涙が止まらない。
ブルーグレイのスーツから、白いタキシードに着替えた武。
私は武の左胸に、カサブランカのような白百合のブートニアを付けた。
「ありがとう。次は由惟の番だな」
私はワンピースを脱ぎ、ペチコートだけを纏った。
部屋の空調の静かな機械音と、流れるピアノの旋律が潮騒に聞こえる。
ドレスに袖を通し、背中の長いファスナーを、武がゆっくりと閉じていく。
武の指が体に触れるたび、小さな衝撃が体中を走った。
「ねえ……どうしてこのドレス、私にぴったりなの?」
「それは、由惟の服や靴のサイズを毎年チェックしてたから」
「ウソ……」
「オンラインゲームで挙式の話が持ち上がった時から、いつかリアルでもドレスを着せたいってずっと思ってた」
武が私の頭にマリアベールを掛ける。
上から造花の百合の花冠を頭に置いた。
最後に白いパンプスを履き、造花の白百合のブーケを私に手渡す。
「だけど俺にはこれが精一杯なんだ。ごめんな、由惟……」
武に手を引かれて、大きな姿見の前に並んで立つ。
5歳の時に私が夢見た、『お嫁さん』が、お婿さんと一緒に並んで立っていた。
-*-
武が私のマリアベールをたくし上げ、泣いている私の瞼に軽いキスを贈る。
「由惟……すごく似合ってる。綺麗だ」
「ありがとう。武も、カッコいいよ。ちゃんと決まってる」
私はなんとか笑おうとして、無理やり笑顔を作る。
口元は簡単に笑うのに、目はどうしても涙で濡れてしまう。
「由惟……愛してる。心から君だけを」
「ズルい……。どうして……このタイミングでそれを言うの?」
ずっと欲しかった、聞きたかった言葉だった。
それを武は全力で叶えてくれた。
私は、武のタキシードのネクタイをぐっと掴んで引き寄せる。
言葉にならない。
でも武の言葉に、私は答えたい。
武の視線と私の視線がぶつかる。
「やっと……武に手が届いた……」
ありったけの想いを込めて、私は武の唇を奪った。
武もそれに応えるように、舌を絡める。
今までで一番熱い、溶けるようなキスだった。
「それでも武を愛してる、この先なにがあっても、それだけは消したくない」
「……刻んでもいいか? 由惟の中に俺を――」
私は言葉で返答しない。代わりに、微笑んで小さく頷いた。
武にベッドに押し倒される。
すると首に下げていた、あのサイズの合わない指輪が飛び出た。
「付けていてくれたのか……」
「お守りだから。これからもずっとね」
その言葉を聞いて、武の手が止まった。
と同時に武の目から涙が落ちた。
最初の一滴をきっかけに、涙は雨のようにとめどなく溢れる。
私から離れていく武の背中を、私は包み込むように抱きしめた。


