True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~
EP47
武は空港の最寄りの町でホテルを取っていた。
そしてホテルのロビーで私が最初に伝えたのは、今夜は泊まれるということだった。
それを聞いた武は、「どうして」とは聞かなかった。
「わかった」と短く告げ、チェックインカウンターに向かった。
その後ろ姿を見て、途中から私も武に寄り添った。
武の歩き方が少しおかしいような気がした。
時折、武は右足のバランスが崩れるのだ。
部屋は7階だった。
私は武の右腕を支えるように腕を組み、武の小さなスーツケースを引いた。
泊まる部屋はいつものようにダブルベッドがある部屋だった。
以前泊まったホテルよりも造りがどことなくゆったりした印象がある。
私はダブルベッドに腰かけ、武は小さな椅子に腰かけた。
「私の話を聞いてくれる?」
「うん」
オンラインゲームでTARとSAIが結婚式を挙げた時、私は何を思っていたか。
通話時間を固定したいと告げた背景に何があったのか。
幼い頃持っていた夢や挫折の繰り返しだったこと。
それを私は言葉を選んで武に話した。
それを聞いた武は、席を立ち、私の右横に座った。
黒いカラコンはもうしていなかった。
ダークグレイの瞳が僅かに揺れていた。
「俺も由惟に話したいことがある……でもどれから話していいかわからない。それでも伝えたいんだ。ものすごく長くなるけど聞いてくれる?」
「うん」
15歳の時、武は母に連れられて日本にやってきた。
武の父はアメリカ人だった。
幸せな家庭だったのに、価値観の相違で両親は離婚した。
日本に帰って母親がしたことは、自立と再婚だったそうだ。
武に新しい父親が出来た。
義父としての務めは果たす人だったけど、武を息子として愛してくれたことは一度もなかった。
だから高校は寮がある進学校を目指した。
勉強漬けの毎日で、それは大学に入ってからも変わらなかった。
ある日、友人が大学ノートに暇つぶして描いた4コマ漫画を褒めた。
軽い気持ちでその4コマ漫画を、コンテストに出した。
その作品が入賞し、それから武は少しずつ漫画の道を目指すようになった。
「でも最初から漫画家になれるとは思っていなかった。卒業と同時に大手に就職したけど、それは俺には合わない仕事だった」
結局、一年も続かなかった。
就職先で教育係だった年上の女性――沙苗と再会したのは、武が27歳の時。
その頃には武は漫画家のアシスタントをしていたそうだ。
「あいつ……沙苗は、俺とはちがって何でもできる人だった。一緒にいたら、いつか手が届く気がしていた。彼女のいる高みに」
再会後、武と沙苗は付き合い始めた。
実際彼女の恋人は武一人だけではなかった。
しかし彼女が結婚を意識し始めた時、もう武しかそばには居なかったという。
だからこそ彼女は武に執着した。
会う度に結婚を迫られ、夢を批判された。
それがトラウマになって武を追い詰めた時、武は沙苗と別れる決意をした。
「だから武は結婚の話を切り出されるのが怖かったの……?」
彼女にとって、武との関係はどんなものだったのだろう。
武が信じていた関係と、彼女が求めていたものは違っていたのかもしれない。
「うん」
「俺は結婚しなくても、一緒にいられればそれでいいと思ってた。でも、あとからその考えが変わった」
武があの時参列した結婚式は、沙苗の結婚式だったという。
彼女の幸せそうな姿を見て、武の中にあった結婚への恐怖は、そこでようやく薄れたそうだ。
そして同じ頃、漫画の世界でも自分の限界が見え始めていたという。
再出発して、就職活動して正規雇用を勝ち取った。
そしていまもその会社で働いている。
「前に由惟がハエが見えるとか言ってたやつ……、実は後から気になって調べたんだ」
調べるうちに、武は実際にそんな症状が起こることを知った。
でも私の症状がそれと同じかは専門家ではないから判断できない。
言えずにいるうちに、私から別れを切り出された。
納得がいかなくて年賀状の住所を頼りに家を訪ねて、
私の病気を知って、彼はどれほど自分を責めて苦しんだろうか。
「由惟のお母さんに言ったことは嘘じゃない」
母から聞いた言葉が脳裏によみがえる。
『待ちます。何年でも由惟さんが振り向いてくれるまで』
「でも、事情が変わった。俺はもう由惟を待てない……」
それは明確な宣言だった。
この瞬間、私はようやく理解した。この再会は、復縁のためではなかったのだと。
「武……それでも今でもあなたを愛してる。それだけは消さなくても良いでしょう?」
武は答えない。
その代わり私を抱き寄せた。
荒々しい熱量をぶつけ合うものではなかった。
手を絡め、お互いにしっかりと握り合った。
「最後くらい言葉で示して」
武は何も言わない。
そして、フロントから部屋に連絡が入る。
武は私から離れ、その連絡を受けた。
「ちょっとフロントに行ってくる」
そう告げて、武は部屋を後にした。
武は私の欲しい言葉をくれない。
私が望む愛の伝え方と、武が示す愛のカタチは、最後まで平行線だった。
母の答えが私の頭をよぎる。
『好きだ、愛してるって、それだけじゃ一緒に生きてはいけないのよ』
じゃあ私の答えは?
まだその答えを私は探し続けていた。
そしてホテルのロビーで私が最初に伝えたのは、今夜は泊まれるということだった。
それを聞いた武は、「どうして」とは聞かなかった。
「わかった」と短く告げ、チェックインカウンターに向かった。
その後ろ姿を見て、途中から私も武に寄り添った。
武の歩き方が少しおかしいような気がした。
時折、武は右足のバランスが崩れるのだ。
部屋は7階だった。
私は武の右腕を支えるように腕を組み、武の小さなスーツケースを引いた。
泊まる部屋はいつものようにダブルベッドがある部屋だった。
以前泊まったホテルよりも造りがどことなくゆったりした印象がある。
私はダブルベッドに腰かけ、武は小さな椅子に腰かけた。
「私の話を聞いてくれる?」
「うん」
オンラインゲームでTARとSAIが結婚式を挙げた時、私は何を思っていたか。
通話時間を固定したいと告げた背景に何があったのか。
幼い頃持っていた夢や挫折の繰り返しだったこと。
それを私は言葉を選んで武に話した。
それを聞いた武は、席を立ち、私の右横に座った。
黒いカラコンはもうしていなかった。
ダークグレイの瞳が僅かに揺れていた。
「俺も由惟に話したいことがある……でもどれから話していいかわからない。それでも伝えたいんだ。ものすごく長くなるけど聞いてくれる?」
「うん」
15歳の時、武は母に連れられて日本にやってきた。
武の父はアメリカ人だった。
幸せな家庭だったのに、価値観の相違で両親は離婚した。
日本に帰って母親がしたことは、自立と再婚だったそうだ。
武に新しい父親が出来た。
義父としての務めは果たす人だったけど、武を息子として愛してくれたことは一度もなかった。
だから高校は寮がある進学校を目指した。
勉強漬けの毎日で、それは大学に入ってからも変わらなかった。
ある日、友人が大学ノートに暇つぶして描いた4コマ漫画を褒めた。
軽い気持ちでその4コマ漫画を、コンテストに出した。
その作品が入賞し、それから武は少しずつ漫画の道を目指すようになった。
「でも最初から漫画家になれるとは思っていなかった。卒業と同時に大手に就職したけど、それは俺には合わない仕事だった」
結局、一年も続かなかった。
就職先で教育係だった年上の女性――沙苗と再会したのは、武が27歳の時。
その頃には武は漫画家のアシスタントをしていたそうだ。
「あいつ……沙苗は、俺とはちがって何でもできる人だった。一緒にいたら、いつか手が届く気がしていた。彼女のいる高みに」
再会後、武と沙苗は付き合い始めた。
実際彼女の恋人は武一人だけではなかった。
しかし彼女が結婚を意識し始めた時、もう武しかそばには居なかったという。
だからこそ彼女は武に執着した。
会う度に結婚を迫られ、夢を批判された。
それがトラウマになって武を追い詰めた時、武は沙苗と別れる決意をした。
「だから武は結婚の話を切り出されるのが怖かったの……?」
彼女にとって、武との関係はどんなものだったのだろう。
武が信じていた関係と、彼女が求めていたものは違っていたのかもしれない。
「うん」
「俺は結婚しなくても、一緒にいられればそれでいいと思ってた。でも、あとからその考えが変わった」
武があの時参列した結婚式は、沙苗の結婚式だったという。
彼女の幸せそうな姿を見て、武の中にあった結婚への恐怖は、そこでようやく薄れたそうだ。
そして同じ頃、漫画の世界でも自分の限界が見え始めていたという。
再出発して、就職活動して正規雇用を勝ち取った。
そしていまもその会社で働いている。
「前に由惟がハエが見えるとか言ってたやつ……、実は後から気になって調べたんだ」
調べるうちに、武は実際にそんな症状が起こることを知った。
でも私の症状がそれと同じかは専門家ではないから判断できない。
言えずにいるうちに、私から別れを切り出された。
納得がいかなくて年賀状の住所を頼りに家を訪ねて、
私の病気を知って、彼はどれほど自分を責めて苦しんだろうか。
「由惟のお母さんに言ったことは嘘じゃない」
母から聞いた言葉が脳裏によみがえる。
『待ちます。何年でも由惟さんが振り向いてくれるまで』
「でも、事情が変わった。俺はもう由惟を待てない……」
それは明確な宣言だった。
この瞬間、私はようやく理解した。この再会は、復縁のためではなかったのだと。
「武……それでも今でもあなたを愛してる。それだけは消さなくても良いでしょう?」
武は答えない。
その代わり私を抱き寄せた。
荒々しい熱量をぶつけ合うものではなかった。
手を絡め、お互いにしっかりと握り合った。
「最後くらい言葉で示して」
武は何も言わない。
そして、フロントから部屋に連絡が入る。
武は私から離れ、その連絡を受けた。
「ちょっとフロントに行ってくる」
そう告げて、武は部屋を後にした。
武は私の欲しい言葉をくれない。
私が望む愛の伝え方と、武が示す愛のカタチは、最後まで平行線だった。
母の答えが私の頭をよぎる。
『好きだ、愛してるって、それだけじゃ一緒に生きてはいけないのよ』
じゃあ私の答えは?
まだその答えを私は探し続けていた。