偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
***
翌月の週末の夜、私は慧さんの車の助手席にいた。
今日、少し時間を作れないかと慧さんに聞かれたのは、その日の昼過ぎだった。
久しぶりに特に予定もなかったので大丈夫だと答えたところ、終業後に地下駐車場へ来るように言われ、そのままいつものように助手席へ乗せられたのだけれど、行き先については何も教えてもらっていない。
L'ÉCRINの五十周年企画も大きな山をひとつ越え、まだ忙しいことに変わりはないものの、一時期のように朝から晩までそのことばかり考えている状態からはようやく抜け出したところだった。
「なんですか、突然。もしかして……お叱りとか?」
「なんでだよ。最近、叱られるようなことしたか?」
「してない……と思います」
「だったら堂々としてろ」
慧さんは呆れたように笑い、それから前を向いたまま少しだけ間を置いた。
「ちゃんとしたこと、なかっただろ」
「何をですか?」
「デート」
「……デート?」
思いもよらない言葉に、私は思わず慧さんの横顔を見た。
「仕事も少し落ち着いた頃だし、どうかなって。それに最初、半年くらいはこの関係を続けようって話してただろ。もう残り一か月くらいなんだよ」
「……もうそんなに経つんですね」
言われて初めて気づいた。
あの日、理玖の前で咄嗟に婚約者だと名乗ってもらってから、もう五か月近くが経っている。
五か月。本当の恋人だったら、何かしら関係が進んでいてもおかしくない時間なのかもしれない。
けれど、私たちの関係はあの日から変わっていない。
偽物の婚約者。それ以上でも、それ以下でもない。
ランチをして、車で送ってもらって、困ったときには真っ先に頼って、怖いことがあった夜には家に泊めてもらった。
仕事のことだって、以前よりずっとたくさん話すようになったし、会社では上司と部下なのに、二人になれば自然と『慧さん』と呼ぶようになった。
関係そのものに名前はついていなくても、この五か月で確実に増えたものはある。信頼とか、安心とか……。
それから最近では、この人と一緒にいることがあまりにも自然になりすぎて、今も本当に彼氏なのではないかと錯覚しそうになる。
「仕事人間はこれだからダメだな。気づいたら五か月経ってる」
「ふふっ。そうですね」
「だから、一度くらいちゃんとデートしないか?」
改めて聞かれて、私は慧さんの横顔を見つめた。
この五か月、私は慧さんの役に立ちたいと思って仕事を頑張ってきた。
L'ÉCRINの仕事を引き継げれば、少しくらい彼の負担を減らせるかもしれないと思ったし、実際、以前より任せてもらえる仕事も増えた。
それでも結局、振り返れば助けてもらったことのほうがずっと多い。
だけど今は、それを申し訳ないとはあまり思わなくなっていた。
助けてもらったから返さなければ、ではなく。
ただ、この人が困っていたら力になりたい。
仕事の上司だからではなく、一人の人として、これからもこうして関わっていたい。
この五か月が終わったからといって、急に以前の上司と部下だけの関係に戻るなんて、もう想像できなかった。
――離れたくない。
ふと浮かんだその言葉に、自分自身が少し驚いた。
翌月の週末の夜、私は慧さんの車の助手席にいた。
今日、少し時間を作れないかと慧さんに聞かれたのは、その日の昼過ぎだった。
久しぶりに特に予定もなかったので大丈夫だと答えたところ、終業後に地下駐車場へ来るように言われ、そのままいつものように助手席へ乗せられたのだけれど、行き先については何も教えてもらっていない。
L'ÉCRINの五十周年企画も大きな山をひとつ越え、まだ忙しいことに変わりはないものの、一時期のように朝から晩までそのことばかり考えている状態からはようやく抜け出したところだった。
「なんですか、突然。もしかして……お叱りとか?」
「なんでだよ。最近、叱られるようなことしたか?」
「してない……と思います」
「だったら堂々としてろ」
慧さんは呆れたように笑い、それから前を向いたまま少しだけ間を置いた。
「ちゃんとしたこと、なかっただろ」
「何をですか?」
「デート」
「……デート?」
思いもよらない言葉に、私は思わず慧さんの横顔を見た。
「仕事も少し落ち着いた頃だし、どうかなって。それに最初、半年くらいはこの関係を続けようって話してただろ。もう残り一か月くらいなんだよ」
「……もうそんなに経つんですね」
言われて初めて気づいた。
あの日、理玖の前で咄嗟に婚約者だと名乗ってもらってから、もう五か月近くが経っている。
五か月。本当の恋人だったら、何かしら関係が進んでいてもおかしくない時間なのかもしれない。
けれど、私たちの関係はあの日から変わっていない。
偽物の婚約者。それ以上でも、それ以下でもない。
ランチをして、車で送ってもらって、困ったときには真っ先に頼って、怖いことがあった夜には家に泊めてもらった。
仕事のことだって、以前よりずっとたくさん話すようになったし、会社では上司と部下なのに、二人になれば自然と『慧さん』と呼ぶようになった。
関係そのものに名前はついていなくても、この五か月で確実に増えたものはある。信頼とか、安心とか……。
それから最近では、この人と一緒にいることがあまりにも自然になりすぎて、今も本当に彼氏なのではないかと錯覚しそうになる。
「仕事人間はこれだからダメだな。気づいたら五か月経ってる」
「ふふっ。そうですね」
「だから、一度くらいちゃんとデートしないか?」
改めて聞かれて、私は慧さんの横顔を見つめた。
この五か月、私は慧さんの役に立ちたいと思って仕事を頑張ってきた。
L'ÉCRINの仕事を引き継げれば、少しくらい彼の負担を減らせるかもしれないと思ったし、実際、以前より任せてもらえる仕事も増えた。
それでも結局、振り返れば助けてもらったことのほうがずっと多い。
だけど今は、それを申し訳ないとはあまり思わなくなっていた。
助けてもらったから返さなければ、ではなく。
ただ、この人が困っていたら力になりたい。
仕事の上司だからではなく、一人の人として、これからもこうして関わっていたい。
この五か月が終わったからといって、急に以前の上司と部下だけの関係に戻るなんて、もう想像できなかった。
――離れたくない。
ふと浮かんだその言葉に、自分自身が少し驚いた。