偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
「そういう相手がいるなら、さっさと言えばいいものを」
「あなたは簡単には認めないでしょう」
「そんなことはない」
「どうだか」
普通の親子の会話みたいに言い合っている。
でも私の中ではまったく普通ではない。目の前にいるのは高遠ホールディングスの社長で。その息子が慧さんで。
そして私は今、その息子と結婚を前提に付き合っている女性として紹介された。
逃げ出したくなるほど混乱しているのに、そんな私へ高遠社長の視線が向いた。
反射的に背筋を伸ばす。
仕事で身についた習慣というのは恐ろしい。
頭の中は完全にパニックなのに、身体だけは勝手に社会人らしく動いてくれる。
「片瀬悠里です。初めまして」
なんとかそれだけは言えた。
声が少し上ずっていた気もするけれど、もう仕方がない。
高遠社長は私を上から下まで値踏みするように見るでもなく、ただまっすぐ目を見た。
「君は本当に息子と結婚して、息子を支える気があるのか?」
「父さん」
慧さんがすぐに口を挟む。
「今、まだそういう段階じゃないんだ」
「結婚を前提と言ったのはお前だろう」
「そうだけど、いきなり本人に聞くことじゃない」
二人が何か言い合っている。
けれど、私はもう半分も聞いていなかった。
頭に浮かんだのは、以前自分が言った言葉だった。
――慧さんが困ったとき、今度は私が助けますから。