偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
「あれ、片瀬。どうした?」
「部長こそ、どうしたんですか? 今日、土曜日ですよね」
「俺は定期視察と、現場の担当者から直接意見を聞くために来ただけだよ。ちょうど今、一通り見終わって、次に行くところだ」
「そうだったんですね。私は今日、両親が東京に来ていて……ここのホテルに泊まってもらうことにしたんです」
そう言いながら隣を見ると、当然ながら両親は『娘の若い男性上司』に興味を持ったらしい。
二人揃って遠慮なく久世部長を見ていたので、嫌な予感を覚えながらも紹介しないわけにはいかず、私は仕方なく彼らの間に立った。
「お父さん、お母さん、こちら私の上司の久世部長」
「初めまして。久世慧と申します。いつも片瀬さんには仕事で助けられています」
部長が静かに頭を下げる。
私は慌てて手を横に振った。
「いやいや、私のほうがいつも助けてもらってますから」
「まあ、お若いのに部長さんなのねぇ。悠里がいつもお世話になっております」
「いえ、こちらこそ。片瀬さんは仕事もできますし、本当にこちらが頼りにしているくらいなんですよ」
会社の外でも変わらず感じよく応じてくれる久世部長に、母はすっかり感心した様子だ。
しかし、その視線が彼の顔をじっと観察するようなものに変わった瞬間、私はまずいと思った。