ハズレ枠シリーズ短編集

【なお編】小さな冒険


その日、ちょっとした冒険のつもりだった。
小学校四年生になったばかりの四月。
学校が半日で終わり、家でご飯を食べて遊びに行こうとしたところで、千秋は弟に呼び止められた。
「オレも一緒に行きたいっ!」
サッカーボールを両手で持ち、きらきらとした目を向けられた瞬間、千秋の頭に面倒くさいという文字が過ぎる。
三歳下の弟を連れて行くと、友だちには遊びのレベルが下がるからと不評だった。
弟のお守りかよとからかわれるのも嫌だ。
「……今日は、友だちは?」
「みんな風邪引いて休みだった!」
そう言えば、なんか変な風邪でも流行っているのか、千秋の友人もぽつぽつと休んでいた。
何とか連れて行かなくていい理由を探そうとしたところで、母親が「千秋、冬真のこともよろしくね」と声を掛けてくる。
断りにくくなってしまい、渋々弟の手を引いて家を出た。
いつもの公園に行って、友だちにからかわれるのも嫌だなと思った千秋は、ふといいことを思いつく。

「なぁ、冬真。
 母さんに、内緒できる?」
兄の神妙な言葉に、冬真が大きな目をぱちりと瞬かせる。
そして面白そうな気配を感じたのか、次の瞬間には大きく頷き笑顔になった。
「うん、できる!
 男の誓い!」
弟の生意気な言葉に、ふはっと千秋は吹き出した。
「どこで覚えたんだよ、そんな言葉!
 とにかく、今日のことは内緒にできるのなら、いいところに連れて行ってやる」
そう言って、普段は一人では渡ってはいけないと言われている大きな道路の方へと向かった。
横断歩道のボタンを押す役目を冬真に譲る。
冬真は嬉しそうに押すと、兄と繋いでいる手を揺らした。

そうして辿り着いたのは、大きな道路を渡らないといけないけれど直線距離では近い、大きめの公園だった。
見慣れない遊具に、冬真の目が輝く。
一つ頷くと、嬉しそうに滑り台へと登っていった。
千秋も、ボールと水筒をベンチに置くと、遊具へと手を掛けた。
お昼からそれほど経っていないからか、公園に子どもの姿は少ない。
二人でぐるりと回っている滑り台を何度も滑って遊んでいると、そこに今やってきたらしい髪のやや長い少年が近付いてきた。
冬真よりは背は高いが、千秋からしたら小さく感じたその背丈に、小学校二、三年かなと見当を付ける。
「こんにちは!
 良かったら一緒に遊ぼ!」
人見知りすることなく話しかけてきたその少年は、明るい笑顔で笑った。
冬真がすぐに反応し、嬉しそうにサッカーボールを見せる。
「サッカーする?
 なにが得意?」
「普段はバスケが好き!
 でも、サッカーも野球も大好きだよ」
冬真の声に、少年が身を乗り出して答える。
その子は、バスケットボールを持っていた。
「バスケかぁ。
 オレは難しくて、リングに中々入らない!
 けど、オレの兄ちゃんは上手いよ!」
こういう時だけ兄扱いする冬真に、苦笑いをする。
兄の実力も、自分の功績の一つらしい。
それを聞いた少年の目が、きらりと輝く。
「へぇ、お兄さん上手なんだ?
 何年生?」
学年で実力を測りたがるのも小学生あるあるなのかもしれない。
「新四年生」
ちょっと先輩ぶって話すと、「あ、一緒だ」という声が返ってくる。
「え、まじで?」
「うん、あそこの小学校の四年一組」
指さした先は、隣の校区の小学校。
「ずいぶん小柄なんだな」
「そうそう、あだ名がミクロって……って、うるさいし!」
ノリのいいやつで、話しているだけで楽しかった。
「同級生なら、遠慮いらないね。
 お兄さんの方、勝負しようよ」
挑発に乗る形で、フリースロー勝負をする。
十回投げたうち、何本入るかの勝負だ。
一回目、少年からの一本は、きれいにゴールへと吸い込まれる。
普通プレッシャーで決めにくいこの一本目から入れてくる、その勝負強さににやりと口角が上がった。
「いよっし!
 今日も良い感じ!」
上手く決めた少年を讃えるように、パチンと片手を合わせた。
「やるじゃん」
「千秋、負けるなよ!」
冬真の応援を受けながら、一本目を放つ。
いつもと違う場所なのもあり、リングには当たったけれど、はじき飛ばされる。
次の修正を頭に入れながら、二投目に備える。
冬真は悔しそうにしつつ、力一杯応援してくれた。
次はスムーズにリングを揺らし、シュートを決める。
少年の方も危なげなくシュートを決めていた。
三本目は、彼が初めて外して、こちらは決めていた。
これでイーブン、勝負は拮抗していた。
最後、十投目を投げたところで二人揃って外し、二人で笑い合った。
「なんだよ、結局引き分けかぁ」
「いいじゃんいいじゃん、仲良しってことで。
 お兄さん上手いね、楽しい!」
にぱっと笑う彼に、千秋も思いきり笑い返した。
「俺も楽しかった。
 小学校違うの残念」
「あっちの小学校なら、中学は一緒じゃないかな。
 その時は、また遊ぼうよ!」

それから日が暮れるまで、サッカーをしたり鬼ごっこをしたり、思いつく限りの遊びを楽しんだ。
初めて会ったとは思えないくらい、彼と遊ぶのは楽しかった。

「また、会ったら絶対遊ぼうね!」
最後に手を振って別れたところで、ふと思い出す。
「……名前、聞いてなかったな」
「ああ、そうだ……千秋」
思い出したように、冬真がぽつりと言った。
「……あの子、女の子だった」
冬真の言葉の意味がわからなくて、一瞬固まる。
「……は? あいつが?」
「……うん。
 一緒にトイレ行ったとき、女の子の方、入っていった」
「……まじか」
女相手に引き分けとなると、ちょっとかっこ悪かったかなと思いながら。
「……まぁ、男でも女でも。
 面白い子だったな」
千秋の言葉に、冬真は頷いた。
「うん、楽しかった!」

それから。
小さな冒険は、冬真の楽しかったという言葉で親にバレて、結局それきりしばらくは遊びに行くことはなかった。
またいつか、遊べたらいいなと思いながら、段々とその記憶は忘れられて行ったのだった。


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