ハズレ枠シリーズ短編集
【なお編】はじまりの非対称
ギリギリ残っていた桜の花びらが、一枚ひらりと落ちた。
中学校の入学式。
同じ小学校出身の知ってる顔も半分くらいはいるが、残りは知らない人たちだった。
知らない校舎、慣れない空気に多少緊張はした。
男女二列に並び、入学式を終えた体育館を後にし、教室へと移動する。
ぽん、と後ろに並んでいた男子が肩を叩いた。
「千秋、中学でも同じクラスだな!」
同じ小学校出身のクラスメイトが、笑顔を浮かべている。
「おー。
知ってる奴、半分くらいいる気がする」
「うちのクラス、結構同じ小学校出身の奴多いっぽいよ。
とりあえずお前とか、喋れる奴いて良かった!」
「わかる」
別に友だち作りが苦手というわけではないが、周りは知り合いだらけのところに一人ぽつんといる状況は避けたかったのでありがたい。
逆に言えば、このクラスの他の小学校出身の奴は多少やりにくいかもしれない。
指示された席は、窓際の真ん中よりだった。
椅子を引いて座ると、同じタイミングで隣の席に女子が座る。
知らない子。
同じ小学校出身ではないその人は、同じクラスに知り合いが少ないのか左右をちらりと伺いながら、落ち着かない様子で座っている。
「初めまして、日高千秋です。
よろしく」
その女子に、とりあえず隣の席になったので挨拶をした。
女子は、ふわりと優しげな笑みを浮かべると同じように挨拶を返してくれた。
「初めまして、保坂まなです。
よろしくお願いします」
二つ結びの髪の毛が、頭を下げた時に肩で跳ねる。
かわいい雰囲気の女子。
「おぉ、まなちゃん同じクラスなんだ!」
千秋の前に座る男子が、振り返りながら声を掛ける。
その男子も、知らない奴だった。
女子は少しほっとした様子で、その男子と話し出す。
「ユキくんもまた同じクラスだね、よろしく。
同じ小学校の子が少なくて、不安だよ~」
「だよな、なんかちょっと偏ってるよなー」
「確かに、俺の出身小学校の奴多いよこのクラス」
会話に混ざりながら頷く。
「おれ、花本由貴。
本当はよしたかって読むけど、あだ名はユキだから、そう呼んで」
「俺も千秋でいいよ、よろしく」
千秋たちが会話をしていると、そこに女子が更に混ざる。
ユキの隣の席の彼女は、保坂さんの方を見ると興味津々で声を掛けた。
「聞いたんだけど、保坂さんって三つ子なんだよね!
凄いなぁ!」
その情報に、ふぅんと改めて隣の女子を見た。
「まなちゃんたち、同じ髪型したら全然わからないレベルでそっくりだよ!
まぁ喋ったらすぐにわかるけどさ、なおとか!
男子みたいな奴だから!」
ユキの言葉が、理由はわからないまま心のどこかに引っかかる。
「姉妹が同じ学年にいるから、私のことも下の名前で大丈夫だよ」
ふんわりと保坂さんが笑う。
「じゃあ、まなさんで」
ちゃん付けするほどの距離感は持てなくて、三人を区別するためだけの呼び名を口にした。
授業もスタートし、新しい学校にも徐々に慣れてきたタイミングで、少し席が離れている友人が話しかけてきた。
「千秋いいよなー。
隣の席、噂の三つ子ちゃんじゃん」
「そうか?」
羨ましがられる理由がいまいち分からず、首を捻る。
「そうだよ!
そりゃ、まなちゃんだからちょっとハズレ感はあったかもしれないけどさ!
ゆめちゃんほど高嶺の花じゃないし、なおほど競争率高くないから、普通なオレらにはまなちゃん人気だぜ?」
「……人のこと“ハズレ”とか言うなよ。
そんな奴に人気って言われても、まなさんも迷惑だろ……」
千秋の言葉に、気まずさを感じたような顔を一瞬浮かべる。
「……千秋みたいにモテる奴にはわかんねぇよ。
どうせお前だって、なおとか見たらそっちがいいとか言い出すんだぜ」
「女子に興味ねぇよ」
千秋は本心でそう言った。
そのはずだった。
それはあっさりと、覆った。
昼休み。
体育館で遊ぼうと友人数人と渡り廊下を歩く。
その時点で、大きな歓声が聞こえてきた。
首を捻りながら体育館の入り口を開けて、その異様な空気に固まった。
体育館の半分をバスケットコートとして、遊んでいる数人。
三年生から一年生まで混ざっているような、不思議なメンバーだった。
その中でも、特に小柄な一人が目立っていた。
小柄さを活かした、細かいドリブル。
予測しにくい、身軽なステップ。
そして、跳ぶ。
信じられない位置からゴールへと向かって打たれたシュートは、リングを激しく揺らしてこちらへと飛んできた。
慌てて受け止めてしまったことで、一瞬全員の目がこちらを向く。
ボールをその集団に向けて投げ返すと、その目立っていた小柄な女子が「ありがとう!」と笑顔で手を上げた。
ただ、それだけのことだったのに、彼女から目が離せなかった。
半分は普通に遊ぶ生徒がいてもいいはずなのに、気がついたらみんな彼女たちの遊ぶ姿を眺めている。
三年の男子だろう人から、遠慮なくボールを奪い、駆ける彼女。
バスケットコートの中の紅一点。
「凄いよな、あれ。
オレたちもバスケしにきたけど……混ぜてって言えないよな」
「……ああ」
千秋には、学年の入り交じったその集団に混ぜてと言う勇気はなかった。
彼女は、隣の席の子と同じ顔のはずなのに、違って見えた。
好奇心に満ちた目と、小さくて細いのによく動く四肢、軽やかな笑い声が頭から離れない。
いつか話しかけてみたい、一緒に遊びたいと思いながらも、それが叶わぬまま日々は流れていく。
体育館で遊びながら、休憩でコートから出てきた彼女の傍に自然に近づく。
彼女がこのアーティストの曲がいいと笑って話していたのを聞いて、放課後何気なくそのアーティストのCDを手に取ってみた。
男性デュオの、等身大な青春を歌う曲。
気がついたら、いつの間にか千秋のプレイリストに彼らの曲が増えていく。
千秋は、その行動の理由を考えることはなかった。
そして、再び四月。
昇降口に掲示されたクラス発表を見て、千秋は小さく拳を握る。
クラスの扉をくぐる時、らしくもなく緊張した。
席の場所を確認して、心の中でラッキーと呟いた。
そして、何気ない風を装って、話しかけた。
「日高千秋です、よろしく」
千秋の挨拶に、隣の席に座った彼女は、知っている笑顔を浮かべた。
「あたし、知ってるだろうけど三つ子なんだよね。
保坂さんって呼ばれると、“なお”なのか“まな”なのか“ゆめ”なのかわかんないから。
なおって呼んでもらえる?」
びしりと指を差して言う彼女。
そっとその指を下ろさせる。
触れた指先は、ほんのりと温かかった。
「ああ、うん。
去年まなさんと同じクラスだったから知ってる。
じゃあ、なおちゃんって呼べばいい?」
千秋のちゃん付けの提案に、彼女はうーんと考える素振りを見せる。
直接話すのは今日が初めてなのに、ずっと前から知り合いだったような近さを感じた。
「ちゃん付けとか気持ち悪いから、なおでいいよ。
仲良かった男子とかもみんななおって呼ぶし、あたし男みたいじゃん?
気にしないで普通に呼んで」
なおの言葉に、少しだけ口元に手を当てて、考えてから頷く。
「わかった。
じゃあ、なおも俺のことは日高くんって呼ぶのナシ。
千秋でいいよ」
「えー、みんなそう呼んでるじゃん。
せっかくなら違うのがいいから、あきくんって呼んでもいい?」
なおの言葉に、思わず吹き出した。
距離感がおかしいだろと思いながらも、それが心地よい。
「おま、さっきみんななおって呼ぶからそう呼べって人に言っておいてそれかよ!」
少し笑いが収まってきたところで、目尻にたまった涙を拭いた。
「……あきくん、か」
まるで、特別になりたいと言われているようだと思った。
どこか、告白めいて聞こえる。
だが、目の前の相手からはそんな計算は感じなかった。
意識しているのは自分だけだと気がつくと、肩をすくめた。
「まぁ、なんでもいいけどさ」
本当は、その特別が嬉しいなんて。
「細かいことは気にしない!
あきくんよろしく!」
なおの口から発せられるその呼び名が、特別なものに聞こえた。
景色が、いつもより色鮮やかに見える。
教室の窓から、ちらりと一枚、薄紅色の花びらが舞い込んだ。
ノートの上に落ちた、その花びらをそっと摘まむ。
まるで彼女のようだった。