月華嬢と黒月
第1話 「私にはふたつの顔がある」
―聖月学園。
全国でも名の知れた、超お金持ちの私立高校。
学力なんて関係ない。
お金さえあれば、優等生も、不良も、お嬢様も、問題児も。
誰でも通える。
そんな少し変わった学園で―
「月城さん、おはよう!」
「おはようございます!」
今日も、ひとりの少女が笑っていた。
長い黒髪に、柔らかな笑顔。
先生からの評判もよく、成績は学年上位。
誰が見ても―
完璧な優等生。
それが、
月城麗愛(つきしろ れあ)
「麗愛ちゃん、今日の小テストどうだった?」
「たぶん大丈夫やと思う〜!」
「絶対大丈夫じゃん(笑)」
「そんなことないって〜!」
クラスメイトと笑い合う。
こういう時間が、麗愛は好きだった。
友達とくだらない話をして。
授業を受けて。
休み時間になったら、お菓子を食べたりして。
放課後になったら、好きな漫画を読んで。
普通の高校生。
それが、麗愛の学校での毎日だった。
……少なくとも、表向きは。
「麗愛ー!!」
廊下の向こうから、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「凛空ー!!」
思わず笑顔になる。
親友の蝶乃りあ(ちょうの りあ)だった。
「聞いて!!昨日買った少女漫画がさぁ!!」
「また漫画?」
「そう!!もう聞いて!!今回の男の子がほんっまにかっこよくて!!」
「朝からそれ?」
「だって見てこれ!!」
凛空がスマホの画面を見せてくる。
そこに映っていたのは、少女漫画の男の子。
「この顔!!」
「うんうん」
「この目!!」
「はいはい」
「このちょっと意地悪そうな感じ!!」
「麗愛、ほんとそういう男の子好きだよね(笑)」
「だってかっこいいやん!」
麗愛は画面をじっと見つめる。
少女漫画って、やっぱりいい。
現実ではなかなか起こらないようなことが、当たり前みたいに起こる。
突然出会って。
突然惹かれて。
気づいたら、その人のことばっかり考えていて。
そんな恋。
「ほんまにこんな人おらんかなぁ……」
思わず呟く。
「また言ってる(笑)」
「だって恋愛って素敵やん」
「麗愛、恋愛したことないもんね」
「うん」
れあは笑った。
恋愛って、どんな感じなんだろう。
誰かを好きになるって、
本当に漫画みたいに胸がドキドキするのかな。
……ちょっとだけ、憧れる。
いつか、麗愛にも。
そんな恋ができたらいいな。
そのときはまだ、
そんなことを考えているだけだった。
____________
放課後。
学校を出たれあは、ひとりで裏道へ向かう。
さっきまで制服を着ていた少女は、
人の少ない道を進み、ある建物の扉を開けた。
「お疲れ〜!」
「総長きた!」
「れあ、おそーい!」
「ごめんごめん!」
そこにいたのは、昼間とはまるで違う少女たち。
麗愛は笑いながら、仲間たちのところへ向かう。
この場所に来ると、
学校にいるときとは少し違う自分になれる。
制服を脱ぐ。
金色の髪のウィッグを被る。
薄水色のカラコンを入れる。
つけまつ毛をつける。
そして―
白とシルバーとピンクを基調にした、
月華嬢の特攻服を身につける。
鏡の前に立つ。
そこに映っているのは、
昼間の“月城麗愛”とは違う少女。
「……よしっ」
麗愛は小さく笑った。
この姿になると、自然と背筋が伸びる。
理由はひとつ。
ここには、大切な仲間がいるから。
麗愛はこの場所が大好きだった。
月華嬢。
地元で知らない者はいない、
伝説のレディースチーム。
だけど、
ただ喧嘩が強い女の子たちが集まっているわけじゃない。
夜に生きる少女たちが、
自分たちの居場所を守るために名乗った名前。
“月のように優しく、華のように強く。”
月のように、
夜をそっと照らせるように。
華のように、
自分らしく強く咲けるように。
そして―
“嬢”には、もう一つの意味がある。
どんな過去があっても。
どんな場所から来たとしても。
ここにいる間だけは、
ちゃんと“女の子”として大切にされる存在であること。
強くなくてもいい。
誰かに無理して合わせなくてもいい。
笑いたいときに笑って。
恋をしたいときに恋をして。
可愛い服を着て。
好きなものを好きと言って。
ただ、
女の子として生きていい。
それが、月華嬢。
だから、麗愛はこの場所を守りたいと思っている。
仲間が笑っていられる場所を。
みんなが自分らしくいられる場所を。
「今日も行こっか!」
「おー!!」
仲間たちの声が重なる。
麗愛も笑った。
「行こー!」
バイクに跨る。
エンジンをかける。
夜の街に、エンジン音が響き渡った。
____________
その頃。
別の場所では―
「なあ蓮翔」
「ん?」
そう声をかけたのは、
蓮翔の右腕―神谷こうが(かみや こうが)。
「今日、月華嬢が集まってるらしいで」
「月華嬢?」
「そ。せっかくだし見に行かへん?」
「ええやん。行ってみよ」
軽い気持ちで向かった蓮翔たち。
月華嬢がどんなチームなのか。
どんな女たちがいるのか。
ただ、それを見に行っただけだった。
そして―
少し離れた場所から見えた、月華嬢の姿。
「……あれが月華嬢か」
もっと怖い女たちを想像していた。
けれど―
「凛空ー!この漫画の主人公がさぁ!!」
「また始まったよ、麗愛の少女漫画語り」
「だってめっちゃかっこいいんやもん!!」
「はいはい(笑)」
普通に笑っている。
楽しそうに話している。
思っていた雰囲気とは、少し違った。
そして、その中心にいる少女。
白い髪。
白とシルバーとピンクの特攻服。
仲間たちと楽しそうに笑っている。
蓮翔の視線が、自然と止まった。
「……」
なんとなく目に入っただけ。
ただ、それだけだった。
「きつい女や思てたのに……」
蓮翔が小さく笑う。
「えらい可愛らしいなぁ」
けれど、その言葉が届くことはない。
麗愛はそんなことには気づかず、
凛空と楽しそうに話している。
「凛空!帰ったらまた漫画の話聞いてな!」
「はいはい(笑)」
「絶対やで!」
「分かったって(笑)」
二人は笑いながら、夜の街へ消えていく。
蓮翔は、その後ろ姿を見つめていた。
「……また会いたいな」
まだ、名前も知らない。
どんな子なのかも知らない。
ただ、
少し気になった。
それだけだった。
一方、麗愛は―
「今日帰ったら、あの漫画の続き読も〜っと」
頭の中は、いつもの少女漫画のことでいっぱい。
さっき見られていたことなんて、
もちろん知らない。
この日。
二人の間に、特別な何かがあったわけじゃない。
ただ、同じ夜に。
同じ場所に。
ほんの少しだけ、
互いの姿が映っただけ。
そして二人はまだ知らない。
昼間、
同じ聖月学園ですれ違っていることを。
まさかこの先、
何度も顔を合わせることになることを。
そして―
まだ名前も知らない二人が、
少しずつ相手のことを知っていくことになるなんて。
このときは、まだ。
誰も知らなかった。
全国でも名の知れた、超お金持ちの私立高校。
学力なんて関係ない。
お金さえあれば、優等生も、不良も、お嬢様も、問題児も。
誰でも通える。
そんな少し変わった学園で―
「月城さん、おはよう!」
「おはようございます!」
今日も、ひとりの少女が笑っていた。
長い黒髪に、柔らかな笑顔。
先生からの評判もよく、成績は学年上位。
誰が見ても―
完璧な優等生。
それが、
月城麗愛(つきしろ れあ)
「麗愛ちゃん、今日の小テストどうだった?」
「たぶん大丈夫やと思う〜!」
「絶対大丈夫じゃん(笑)」
「そんなことないって〜!」
クラスメイトと笑い合う。
こういう時間が、麗愛は好きだった。
友達とくだらない話をして。
授業を受けて。
休み時間になったら、お菓子を食べたりして。
放課後になったら、好きな漫画を読んで。
普通の高校生。
それが、麗愛の学校での毎日だった。
……少なくとも、表向きは。
「麗愛ー!!」
廊下の向こうから、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「凛空ー!!」
思わず笑顔になる。
親友の蝶乃りあ(ちょうの りあ)だった。
「聞いて!!昨日買った少女漫画がさぁ!!」
「また漫画?」
「そう!!もう聞いて!!今回の男の子がほんっまにかっこよくて!!」
「朝からそれ?」
「だって見てこれ!!」
凛空がスマホの画面を見せてくる。
そこに映っていたのは、少女漫画の男の子。
「この顔!!」
「うんうん」
「この目!!」
「はいはい」
「このちょっと意地悪そうな感じ!!」
「麗愛、ほんとそういう男の子好きだよね(笑)」
「だってかっこいいやん!」
麗愛は画面をじっと見つめる。
少女漫画って、やっぱりいい。
現実ではなかなか起こらないようなことが、当たり前みたいに起こる。
突然出会って。
突然惹かれて。
気づいたら、その人のことばっかり考えていて。
そんな恋。
「ほんまにこんな人おらんかなぁ……」
思わず呟く。
「また言ってる(笑)」
「だって恋愛って素敵やん」
「麗愛、恋愛したことないもんね」
「うん」
れあは笑った。
恋愛って、どんな感じなんだろう。
誰かを好きになるって、
本当に漫画みたいに胸がドキドキするのかな。
……ちょっとだけ、憧れる。
いつか、麗愛にも。
そんな恋ができたらいいな。
そのときはまだ、
そんなことを考えているだけだった。
____________
放課後。
学校を出たれあは、ひとりで裏道へ向かう。
さっきまで制服を着ていた少女は、
人の少ない道を進み、ある建物の扉を開けた。
「お疲れ〜!」
「総長きた!」
「れあ、おそーい!」
「ごめんごめん!」
そこにいたのは、昼間とはまるで違う少女たち。
麗愛は笑いながら、仲間たちのところへ向かう。
この場所に来ると、
学校にいるときとは少し違う自分になれる。
制服を脱ぐ。
金色の髪のウィッグを被る。
薄水色のカラコンを入れる。
つけまつ毛をつける。
そして―
白とシルバーとピンクを基調にした、
月華嬢の特攻服を身につける。
鏡の前に立つ。
そこに映っているのは、
昼間の“月城麗愛”とは違う少女。
「……よしっ」
麗愛は小さく笑った。
この姿になると、自然と背筋が伸びる。
理由はひとつ。
ここには、大切な仲間がいるから。
麗愛はこの場所が大好きだった。
月華嬢。
地元で知らない者はいない、
伝説のレディースチーム。
だけど、
ただ喧嘩が強い女の子たちが集まっているわけじゃない。
夜に生きる少女たちが、
自分たちの居場所を守るために名乗った名前。
“月のように優しく、華のように強く。”
月のように、
夜をそっと照らせるように。
華のように、
自分らしく強く咲けるように。
そして―
“嬢”には、もう一つの意味がある。
どんな過去があっても。
どんな場所から来たとしても。
ここにいる間だけは、
ちゃんと“女の子”として大切にされる存在であること。
強くなくてもいい。
誰かに無理して合わせなくてもいい。
笑いたいときに笑って。
恋をしたいときに恋をして。
可愛い服を着て。
好きなものを好きと言って。
ただ、
女の子として生きていい。
それが、月華嬢。
だから、麗愛はこの場所を守りたいと思っている。
仲間が笑っていられる場所を。
みんなが自分らしくいられる場所を。
「今日も行こっか!」
「おー!!」
仲間たちの声が重なる。
麗愛も笑った。
「行こー!」
バイクに跨る。
エンジンをかける。
夜の街に、エンジン音が響き渡った。
____________
その頃。
別の場所では―
「なあ蓮翔」
「ん?」
そう声をかけたのは、
蓮翔の右腕―神谷こうが(かみや こうが)。
「今日、月華嬢が集まってるらしいで」
「月華嬢?」
「そ。せっかくだし見に行かへん?」
「ええやん。行ってみよ」
軽い気持ちで向かった蓮翔たち。
月華嬢がどんなチームなのか。
どんな女たちがいるのか。
ただ、それを見に行っただけだった。
そして―
少し離れた場所から見えた、月華嬢の姿。
「……あれが月華嬢か」
もっと怖い女たちを想像していた。
けれど―
「凛空ー!この漫画の主人公がさぁ!!」
「また始まったよ、麗愛の少女漫画語り」
「だってめっちゃかっこいいんやもん!!」
「はいはい(笑)」
普通に笑っている。
楽しそうに話している。
思っていた雰囲気とは、少し違った。
そして、その中心にいる少女。
白い髪。
白とシルバーとピンクの特攻服。
仲間たちと楽しそうに笑っている。
蓮翔の視線が、自然と止まった。
「……」
なんとなく目に入っただけ。
ただ、それだけだった。
「きつい女や思てたのに……」
蓮翔が小さく笑う。
「えらい可愛らしいなぁ」
けれど、その言葉が届くことはない。
麗愛はそんなことには気づかず、
凛空と楽しそうに話している。
「凛空!帰ったらまた漫画の話聞いてな!」
「はいはい(笑)」
「絶対やで!」
「分かったって(笑)」
二人は笑いながら、夜の街へ消えていく。
蓮翔は、その後ろ姿を見つめていた。
「……また会いたいな」
まだ、名前も知らない。
どんな子なのかも知らない。
ただ、
少し気になった。
それだけだった。
一方、麗愛は―
「今日帰ったら、あの漫画の続き読も〜っと」
頭の中は、いつもの少女漫画のことでいっぱい。
さっき見られていたことなんて、
もちろん知らない。
この日。
二人の間に、特別な何かがあったわけじゃない。
ただ、同じ夜に。
同じ場所に。
ほんの少しだけ、
互いの姿が映っただけ。
そして二人はまだ知らない。
昼間、
同じ聖月学園ですれ違っていることを。
まさかこの先、
何度も顔を合わせることになることを。
そして―
まだ名前も知らない二人が、
少しずつ相手のことを知っていくことになるなんて。
このときは、まだ。
誰も知らなかった。