月華嬢と黒月
第6話 「昨日まで知らなかった君」
――翌朝。
聖月学園。
「おはよー、凛空!」
「おはよ、麗愛」
いつも通り、凛空と一緒に教室へ向かう麗愛。
……のはずだった。
「……」
麗愛は、なんとなく落ち着かなかった。
昨日の夜。
月華嬢の集まりに来た黒月会。
そこで――
『連絡先、教えてくれへん?』
「……」
思い出すだけで、顔が熱くなる。
「……なんであんなこと言うんやろ」
麗愛は小さく呟いた。
「何が?」
「……え?」
凛空が隣から覗き込む。
「昨日のこと?」
「……!」
麗愛の顔が一気に赤くなる。
「ち、違う!」
「まだ何も言ってないけど?」
「……もう!」
凛空が楽しそうに笑う。
「連絡先交換したもんね」
「……うん」
麗愛はスマホを見る。
昨日交換したばかりのLINE。
そこに表示されている名前は――
【蓮翔】
「……」
「麗愛?」
「……なんでもない」
スマホをしまう。
別に。
好きとか、そういうんじゃない。
ただ――
『また会いたいから』
あんなことを言われたから。
今日、学校で会ったら。
なんとなく恥ずかしい。
そんなことを考えていた、そのとき。
「おはよ」
教室の後ろから声がした。
麗愛が顔を上げる。
「……!」
蓮翔だった。
一瞬、目が合う。
「……おはよ」
麗愛は小さく挨拶する。
「ん」
蓮翔も短く返す。
それだけ。
それだけなのに――
「……っ」
麗愛はすぐに視線を逸らした。
「麗愛、顔赤くない?」
「赤くない!」
「ふーん?」
「ほんまに赤くないって!」
凛空がニヤニヤする。
「昨日『また会いたい』って言われたもんね〜」
「凛空!」
「はいはい」
麗愛は頬を押さえる。
「……普通にしよ」
自分に言い聞かせる。
昨日の夜と今日の学校は別。
いつも通り。
そうすればいい。
――――――――――
一時間目。
先生が黒板の前に立つ。
「じゃあ、この問題……」
教室を見渡して。
「月城」
「はい!」
麗愛が顔を上げる。
「ここ、答えてみて」
「えっと……」
麗愛は問題を見る。
そして、すらすらと答えを口にした。
「正解」
「よかったぁ」
麗愛がほっと笑う。
その瞬間。
蓮翔がふと顔を上げた。
「……」
先生が呼んだ名前。
『月城』
その言葉が、妙に耳に残った。
――――――――――
放課後。
麗愛と凛空は一緒に教室を出る。
「今日どっか寄って帰る?」
「寄りたい!」
「じゃあこの前言ってたカフェ――」
「行こ行こ!」
二人で話しながら廊下を歩いていると――
「……」
少し前を蓮翔が歩いていた。
麗愛は思わず足を止めそうになる。
「……」
昨日の夜のことが、また頭に浮かぶ。
『連絡先、教えてくれへん?』
『また会いたいから』
「……」
麗愛は小さく息を吐く。
「なんでこんな緊張するんやろ……」
「麗愛?」
「……なんでもない!」
凛空と一緒に歩いていく。
その後ろ姿を、蓮翔は一瞬だけ見ていた。
――――――――――
そして。
蓮翔は教室へ戻った。
誰もいなくなった教室で、ふとスマホを取り出す。
昨日交換したLINE。
【月城麗愛】
「……」
蓮翔の指が止まる。
「月城……?」
さっき。
先生が呼んでいた名前。
『月城』
蓮翔はゆっくり顔を上げる。
頭の中に、昼間の麗愛が浮かぶ。
そして――
昨日の夜。
金色の髪。
淡い水色の瞳。
白とシルバーとピンクの特攻服。
月華嬢の総長。
「……」
蓮翔の目が少しずつ大きくなる。
名前。
雰囲気。
そして――
昨日からずっと感じていた、あの感覚。
「……あ」
蓮翔が小さく呟く。
「……やっぱり」
スマホの画面を見る。
【月城麗愛】
「……同じ子やったんか」
昼間の優等生。
そして――
夜の月華嬢の総長。
どちらも。
同じ、月城麗愛。
「……そら似てるわ」
蓮翔は思わず笑ってしまう。
昨日からずっと引っかかっていたものが、ようやく繋がった。
「……麗愛ちゃんやったんやな」
蓮翔はスマホをしまう。
けれど。
このことを――
今すぐ本人に言うつもりはなかった。
――――――――――
その頃。
麗愛と凛空は、カフェへ向かっていた。
「ねえ麗愛」
「ん?」
「昨日の人さ」
「……昨日の?」
「蓮翔って人」
「……!」
麗愛の顔がまた赤くなる。
「な、なに?」
凛空が笑う。
「ほんまに何もないの?」
「ないって!」
「でも連絡先交換したんでしょ?」
「……うん」
「しかも『また会いたい』って」
「……もう言わんといてぇ……」
麗愛は顔を隠す。
「麗愛、かわい〜」
「凛空のいじわる!」
二人の笑い声が響く。
――このとき。
そして蓮翔は。
もう知っている。
昼間の月城麗愛と。
夜の月華嬢の総長が――
同じ一人の女の子だということを。
二人の秘密は。
少しずつ、形を変え始めていた。