月華嬢と黒月

第5話 「同じ名前」



――翌朝。

聖月学園。

いつものように、麗愛は凛空と一緒に教室へ向かっていた。

「麗愛、昨日のカフェほんまに可愛かったな〜」

「うん!写真もめっちゃ盛れた!」

「あとで送ってよ?」

「もちろん!」

そんな他愛もない話をしながら廊下を歩いていると――

「あっ」

麗愛のバッグから、小さなキーホルダーが落ちた。

けれど麗愛は気づかない。

そのまま歩いていこうとした、そのとき。

「これ」

後ろから声がした。

「……え?」

振り返る。

そこにいたのは――

黒崎くんだった。

麗愛が落としたキーホルダーを拾って、こちらに差し出している。

「あっ!ありがとう!」

「ん」

麗愛が受け取る。

すると、黒崎くんがそのまま立ち去ろうとして――

「あ、そうや」

ふと振り返った。

「蓮翔でええよ」

「……え?」

麗愛が目を丸くする。

「黒崎くんじゃなくて、蓮翔で」

「……あ、うん」

突然のことに少し戸惑いながらも、麗愛は小さく笑った。

「じゃあ……蓮翔、ありがとう」

「ん」

それだけ言うと、蓮翔はそのまま歩いていった。

「……」

麗愛はその背中を見送る。

「急に名前で呼んでって言われた……」

「麗愛ー?」

凛空に呼ばれて、麗愛は振り返る。

「ん?」

「行こー?」

「うん!」

麗愛は凛空のところへ戻った。

このときの麗愛は――

ただ、クラスメイトの名前を一つ知った。

それくらいにしか思っていなかった。


――――――――――


そして――夜。

月華嬢のいつもの集合場所。

麗愛は今日も、金色の髪に淡い水色の瞳。

白とシルバーとピンクの特攻服に身を包んでいた。

「ねえねえ、これ見て!」

麗愛がスマホの画面をみんなに見せる。

「新しいカラコン買ったんやけど、めっちゃ可愛くない?」

「かわいい!」

「どこの?」

「今日見つけたの!」

「また買ったの?」

「だって可愛かったんやもん!」

笑い声が響く。

いつもと変わらない、楽しい夜。

すると――

「おー、今日もおるやん」

少し離れたところから声がした。

麗愛たちが振り返る。

そこにいたのは――

黒月会のメンバーたち。

そして、その真ん中に立っているのは。

蓮翔。

「……あれ?」

凛空が蓮翔を見る。

そして、麗愛を見る。

「……麗愛」

「ん?」

「今の人……」

「うん?」

「学校の黒崎くんじゃない?」

「……え?」

麗愛も蓮翔を見る。

昼間に見た姿とは少し違う。

けれど。

顔は間違いなく――

「……黒崎くんや」

「やっぱり?」

「え、じゃあ……」

麗愛は目を丸くする。

「黒崎くんって、黒月会の人なん?」

「たぶんそうやろな」

「ええ!?」

麗愛と凛空は顔を見合わせる。

「まさか黒月会の総長だったんだ〜」

「学校では普通にしてるのにね」

「びっくりやなあ」

二人で小さく笑う。

すると――

「……なあ」

蓮翔がこちらへ歩いてきた。

「え?」

麗愛が顔を上げる。

「ちょっとええ?」

「……う、うん?」

蓮翔が麗愛の前に立つ。

そして――

「俺、蓮翔」

「……え?」

麗愛が目を丸くする。

「蓮翔……?」

「うん」

その瞬間。

麗愛の隣にいた凛空が、ピクッと反応した。

「……麗愛」

「ん?」

「今、蓮翔って言った?」

「うん」

「……学校の黒崎くんも、蓮翔じゃなかった?」

「…………あ」

麗愛も目を丸くする。

「ほんまや……!」

二人で顔を見合わせる。

「え、名前一緒やん!」

「まさか……」

「いやいや、そんな偶然ある?」

「でも……」

麗愛は目の前の蓮翔を見る。

学校で見る黒髪の男子。

そして今、目の前にいる黒月会の総長。

雰囲気は全然違う。

服装も髪型も違う。

「……まあ、同じ名前の人っておるもんな」

「そうやな」

凛空も頷く。

「……でも、ちょっとびっくりした」

「?」

蓮翔が不思議そうに麗愛を見る。

「なんでもない!」

麗愛は慌てて笑った。

「それで……何?」

「いや」

蓮翔は少しだけ迷ってから――

「連絡先、教えてくれへん?」

「…………え?」

麗愛の目が大きくなる。

「れ、連絡先……?」

「うん」

「なんで……?」

蓮翔は少しだけ笑った。

「また会いたいから」

「…………」

麗愛の顔が一気に赤くなる。

「え、えっと……」

どうしよう。

そんなこと、突然言われると思ってなかった。

「……」

麗愛は凛空を見る。

凛空はニヤニヤしながら、何も言わない。

「……じゃあ」

麗愛は戸惑いながらスマホを取り出した。

「……いいよ」

「ほんま?」

「う、うん」

二人のスマホを近づける。

ピコン。

連絡先の交換が完了した。

「ありがと」

蓮翔が笑う。

「じゃあ、また連絡するわ」

「……うん」

「またな、」

「ばいばい……」

蓮翔が黒月会のメンバーのところへ戻っていく。

その背中を見ながら――

「…………」

麗愛はスマホを握ったまま固まっていた。

「麗愛」

「……なに?」

「今の、何?」

「……分からん」

「連絡先聞かれてたよね?」

「うん……」

「しかも名前まで学校の黒崎くんと同じ」

「……うん」

「え、なになに?」

他のメンバーも集まってくる。

「もしかして恋?」

「麗愛、やるじゃん!」

「ち、違うって!」

麗愛の顔が真っ赤になる。

「ほんまに違うから!」

「じゃあなんで連絡先交換したの〜?」

「……それは……」

「それは?」

「……戸惑って……そのまま……」

「かわい〜!」

「麗愛、恋じゃん!」

「違うーー!」

麗愛は必死に否定する。

けれど――

手の中のスマホを見る。

そこに表示された名前。

【蓮翔】

「……」

学校で呼ばれた名前と同じ。

夜に名乗られた名前も同じ。

「……ほんまに偶然なんかな」

麗愛は小さく呟いた。


――――――――――


その頃。

黒月会。

「おい蓮翔」

こうががニヤニヤしながら蓮翔の肩を組む。

「やるやん」

「何が?」

「連絡先」

「……別にええやろ」

「いやいや、あの月華嬢の総長に自分から聞くとはなぁ」

「また会いたいんやから、聞いただけや」

「はいはい」

こうがが笑う。

「で?」

「何やねん」

「名前聞いたん?」

「……聞いた」

蓮翔はスマホを見る。

今日交換したばかりの連絡先。

そこに表示された名前は――

【月城 麗愛】

「……」

蓮翔の表情が止まる。

「……麗愛?」

「ん?」

こうがが覗き込む。

「名前、麗愛なん?」

「……ああ」

蓮翔はスマホを見つめた。

昼間。

教室で見た女の子。

月城麗愛。

そして――

今、目の前にいた月華嬢の総長。

麗愛。

「…………」

名前まで同じ。

しかも。

やっぱり、どこか似ている。

「……んなわけないやろ」

蓮翔は小さく呟いた。

「でも……」

どうしても頭から離れない。

昼間の黒髪。

夜の金髪。

全然違うはずなのに。

「……気になるなぁ」

「名前も一緒やし…」

こうがが笑う。

「お前、完全にハマってるやん」

「うるさい」

蓮翔はそう言いながらも――

スマホの画面を、もう一度見た。

【月城 麗愛】

その名前を。

まだ二人は知らない。

目の前の相手が――

昼と夜。

同じ一人の少女だということを。
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