死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡

「……これは君の落としものか?」
 
 私の視線の先に立っていたのは、十年後の時空で見た病弱で影のある青年ではない。たくましく立派な青年へと成長し、ハイカラな洋装に身を包んだ十八歳のハルニレだった。

「……っ」

「約束通り、迎えに来たよ……なずな」

 相変わらずの不器用な無表情。けれど、どこか照れくさそうに結ばれた唇と、思慮深さを湛えるまっすぐな瞳は、彼の胸の内の熱さを映していた。


 私は集めた枇杷が再び地面に散るのも構わずに、その広い胸に飛び込んでいく。

「ハルニレ……っ!」

 激しい勢いのままハルニレごと砂利の上に倒れこむ。痛みや衝撃が感じられないのはハルニレがその胸で私の体を受け止めてくれたからだ。長い腕が私を丁重に支える。

「ハルニレ……あなたなのね? もう……立派になって……っ」

 視線をやれば、ハルニレの背中が土で汚れている。大丈夫? 怪我はない? など、言うべき労りの言葉はどれも頭から抜け落ちて、「久しぶり……! 久しぶり……っ!」と間の抜けた九官鳥のようになる私。ハルニレが瞳だけで笑った。

「……うん、七年ぶり」

「ごめん、重かったよね……!」
 暫くしてようやく我に帰り、慌てて立ち上がろうとする私だったけど、その腕をハルニレが引いた。視線が合うとゆったりと首が降られる。「このままでいて」と瞳が語った。


「……なずな」

 私の体重を預かったまま、ハルニレが小さく溢した。彼の指が私の髪に触れ、いつの間にかくっ付いていた桜の花弁をそっと取り除く。

「……本当のところ、君が今でも待っていてくれているか不安だった。七年前、君は僕の約束に半信半疑だったように見えたから。大人になった君を側から見守ることが出来ればそれでいいと……そんな風にも思っていた」

 ハルニレの瞳が泣きそうに歪む。

「だけど、なずな……君は待っていてくれた」

 私は力の限り首を振った。

「そんなの……当たり前じゃない。だってあなたは……」


(ねえハルニレ……あなたは知らないでしょうけど)
 
 あなたは絶望の淵に沈んでいた私を十年の時を超えて助けに来てくれるような優しい人。愛する人のためならば、自分の命を差し出すことさえ厭わない強い人だ。

 私は言葉を飲み込み、ハルニレをただじっと見下ろした。時空を超え過去が変わった今、その事実は私の胸の中にしかない。

「だってあなたは……私の大切な人だもの」
 
 七年間、この時を待ち焦がれた。あなたとの再会を。

「ハルニレ……会いたかった」

 満開の桜の花弁が風にハラハラと舞い降りてくる。

「……遅くなってごめん」

 ハルニレの大きな手が私の頬を包み込んだ。

「なずな……」

 優しい手つきに心が絆されていく。

「なずな——僕と、結婚してくれますか」

 青い瞳が私を見据える。

 視界が滲む。涙の雫が彼の胸に落ち、水玉模様を作り出す。


 私は微笑み、小さく頷いた。

「——っ、はい……!」

 ハルニレの顔に満開の笑顔が咲く。
 
 温かな桜吹雪の中、私達は引き寄せられるように抱きしめあい、呼吸を重ねた。懐かしい桜葉の香りに包まれる。


 ——生まれ変わった先で私を待っていたのは、呪われた運命なんかじゃなく、奇跡でした。


(おばあちゃん、私は今、幸せです)


 
 願いの成就を静かに見届ける桜は風にそよぎ、まるで祝福するように、春の雪を降らせ続ける。
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