死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
光の射す場所で
その日は穏やかな風が島全体を吹き抜けていた。
小高い丘の上から見下ろす景色は春の空気に包まれて夢のように霞み、その向こうに見える海は陽光を弾いてキラキラ輝いている。
丘の上での往診を終えた私は、背中に四段の薬箱、両手に黄金色の枇杷がいっぱい詰まった風呂敷包みを抱えて坂道を下る。枇杷の山は患者さんのお裾分け。こうして診察のお礼にと農作物をいただくことが多いのは、貧乏暮らしの身としては本当に助かる。
舗装されていない砂利道を、タンポポや土筆、ホトケノザを踏まないようにしばらく歩けば、額に薄っすらと汗を掻いた。今日は朝から往診三昧で、草履の足がじんじんと痛い。
(今日はこのくらいにして、あとは帰って畑の世話でもしよう)
山のふもとの我が家が近づくと、満開の桜が私を迎える。我が家の周辺は少しだけ土地が隆起しているので、この坂が最後の難関。それでも私の足取りはゴールを目前に軽やかだ。
桜の樹の真下は空気が変わる。樹が作り出した影の中には静謐な結界が張られているみたい。見上げる空は夢のような桜色だ。私はこの光景が大好きだった。懐かしい神巫村から桜を見上げている気分になる。
すっかり桜の魔力に心を奪われていた私は、樹の下で熟睡するおトラに気付かない。
やばい踏んじゃう、と思った時にはおトラの尻尾に向かって足を踏み出したあと。それでもなんとか身をよじりおトラを回避。その代わりに私は大きくバランスを崩し、背中の薬箱に重心を取られて土の上にお尻を付いてしまった。ぶちまけられる風呂敷包み。
「いったぁー……って、やばっ!」
寝ぼけ眼のおトラの横を、風呂敷から零れだした枇杷がころころ転がっていく。
「わわっ、待って待ってえ——」
お尻に着いた土を払うのも忘れ、転がる枇杷を追いかけていく。いくつか回収しながら走っていけば、ラスト一個の枇杷は誰かの靴のつま先に当たって止まった。
この辺りではまず見かけることのない革製の洋靴。持ち主の手がそれを拾い上げる。長い指。薄い色素の肌。ごつごつした骨ばった手。
——青い瞳と目が合った。