もう戻れない
場所を知らなかったら辿り着けないであろう、まさに隠れ家。そんな家のインターホンを晃輝が鳴らすと、ものすごい勢いで玄関の扉が開き、銀に染めた髪を肩まで伸ばした法戸くんが出てきた。
未成年とは思えない見た目ながら、秀くんにいつもくっ付いていた姿は、年相応の可愛らしさがある法戸くん。眠れていないのか目を真っ赤にさせて、やつれている。
「法戸くん」
法「沙和さんも晃輝さんも、とりあえず中に入ってください。急いで」
何を急いでいるのか、手を引っ張られて家の中にお邪魔する。一軒家くらいありそうな大きなリビングの中心に置かれたソファには、会長補佐で私の兄の貴裕、会員の藤吉さんと澤村さんの姿もあった。
晃輝の言う通り、避難していたらしい。でも全員ではない。二十人ほどいたはずなのに、父親と秀くんがいなくなって影宝会から去った会員は多いらしい。
貴「沙和、一緒に連れて行けなくて申し訳なかった。とりあえず避難場所を整える必要があったから」
影宝会の中では位が上になる兄。会員を引っ張る役目もあるから、仕方ない。首を横に振って笑って見せた。
すると遅れてリビングに入ってきた法戸くんが、怒った表情で私を見た。
法「あなたは無防備すぎます。もっと姫だという自覚を持って」
「…またそれ」
影宝会の姫。私が一番嫌いな言葉。どのグループにも姫は存在していて、トップの奥さんであったり、上の位の彼女も該当する。つまり会長の娘であり、会長の右腕である秀の彼女でもあった私は、姫ということになる。
暴走族のルールとして、グループの一番大事なものを奪うことで、地区全体を奪うことができるというものがある。トップを崩すのが早い話だが、下っ端が何人かかっても倒せるわけがない強さを持ったトップより、トップの弱みを狙う方が勝算がある。
その弱みこそが、姫。普段は多くの人から守られているけれど、トップとその右腕がいなくなった今、孤独な姫は狙いやすくて都合が良い。
だから法戸くんは、無防備に出歩いた私を怒ったというわけ。
法「あなたの軽はずみな行動で僕らの姫も、僕らが守っている地区も奪われるんですよ?」
「分かったから…、ごめん。でもあの地区は、もう影宝会のものじゃないでしょ?」
法「いえ、まだうちのものです。誰かが会長になれば、の話ですが」
みんなの視線が、一気に貴裕に集まる。私も自然と貴裕を見た。
会長は代々、森田家の当主がつとめていて、父親の次が貴裕なのは確実だった。
貴「待ってくれよ。急に親父が亡くなって、心の整理もできてないし。引き継ぎだって受けてない」
「でもお父さんの仕事は、いつも近くで見てたでしょ?全く分からないわけじゃないと思うけど」
渋る貴裕の顔は満更でもなさそうで、きっと謙遜しているんだろう。法戸くんや他の人たちに背中を押されて、また影宝会は復活するに違いない。
「早く結婚して、私を姫から卒業させてよ」
貴「…努力する」
貴裕の近くに座る藤吉さんと澤村さんは、眉を下げて貴裕の言葉に安心したように見えた。
二人とも表情はいかつくて、私にもあまり積極的に話しかけてきてくれる人じゃない。それでも姫を守るという任務は果たそうとしてくれるし、秀くんや貴裕に対して敬う姿勢は目に見えて分かる、忠実な二人。