総長の愛が、重すぎる

エピローグ

あれから、いくつかの季節が過ぎた。

春も、夏も、秋も、冬も。

笑い合った日も、すれ違った日も、少し泣いた日もあった。

それでも二人は、ちゃんと隣にいた。

大人になった今も。

夕暮れの街を並んで歩きながら、ひまりはふと隣を見る。

少しだけ大人びた横顔。

昔より落ち着いたのに、たまに見せる独占欲の強い目は何も変わっていない。

そんな蓮を見て、ひまりは小さく笑った。

「どうした」

「ううん。変わらないなって思って」

「何が」

「私を見るときの顔」

そう言うと、蓮は少しだけ目を細めた。

「変わるわけないだろ」

その返しがあまりにも蓮らしくて、ひまりはまた笑う。

今日は特別な予定があるわけじゃない。

仕事帰りに待ち合わせをして、少し遠回りして帰っているだけ。

でも、そんな何気ない時間こそ、ひまりにはたまらなく愛しかった。

学生のころは、会えるだけで一大イベントみたいだった。

少し手が触れるだけで心臓が跳ねて、名前を呼ばれるだけで顔が熱くなっていた。

今だってどきどきしないわけじゃない。

むしろ、昔よりもっと深く好きになっている気がする。

「ひまり」

ふいに呼ばれて、顔を上げる。

蓮はあのころと同じように、当然みたいに手を差し出していた。

「ん」

ひまりが手を重ねると、指を絡めるように握られる。

その手の大きさも、ぬくもりも、何もかも懐かしくて安心する。

「冷えてる」

「外、寒かったから」

すると蓮は、ひまりの手を自分のコートのポケットへ一緒に入れた。

距離がぐっと近づいて、肩まで触れ合う。

「れん、近い」

「今さら」

「そうだけど」

「嫌?」

まっすぐ見られて、ひまりは少しだけ困ったように笑う。

「嫌なわけないよ」

その返事に、蓮は満足そうに目を細めた。

昔からこうだった。

不安そうに見えても、ちゃんと言葉にすると安心した顔をする。

強くて、まっすぐで、少し重くて。

でも誰よりもやさしい。

そんな蓮のことを、ひまりは今も変わらず好きだった。

しばらく歩いた先で、小さな公園の前に差しかかる。

冬の澄んだ空気の中、イルミネーションのようなやわらかな灯りが木々を照らしていた。

それを見た瞬間、ひまりはふっと笑う。

「懐かしい」

「何が」

「前に、こういう光の中でキスしたなって」

その瞬間、蓮の足が止まった。

「覚えてるのか」

「もちろん」

「忘れてないんだな」

「忘れるわけないよ」

そう答えると、蓮は少しだけ視線を落としてから、小さく息をついた。

「俺も」

短いそのひと言に、いろんな気持ちが詰まっている気がした。

学生のころの二人は、きっと今より不器用だった。

不安になるたび抱きしめて、嫉妬するたび確かめて、言葉が足りないぶん触れ合ってきた。

でもその全部があったから、今の二人がある。

蓮はひまりの前に立つと、あのころと同じようにそっと頬に触れた。

「今でもしたい」

「え」

「キス」

あまりにも自然に言うから、ひまりは思わず笑ってしまう。

「急だね」

「思い出したから」

「もう」

ひまりが笑うと、蓮は少しだけやわらかい顔をした。

昔よりずっと穏やかになったのに、こういうときだけは今でも変わらずまっすぐだ。

「だめ?」

そんなふうに聞かれたら、答えは決まっている。

ひまりは小さく首を振る。

「だめじゃない」

その返事に、蓮の指先がわずかに動いた。

次の瞬間、そっと唇が重なる。

大人になった今のキスは、昔みたいなぎこちなさはない。

でも胸が熱くなる感じは、少しも変わらなかった。

やさしくて、深くて、長い時間を越えてきたぬくもりがそこにある。

唇が離れたあとも、蓮はすぐには距離を取らない。

額を寄せたまま、低くつぶやく。

「ずっと好き」

ひまりの胸がじんわり熱くなる。

何年たっても、そのひと言は特別だった。

「私も」

そう返すと、蓮はあのころと同じ、少しだけ安心したような顔で笑う。

「知ってる」

「何それ」

「でも聞きたい」

思わず笑ってしまう。

変わらない。

ほんとうに、何もかも。

蓮はそのままひまりを抱き寄せる。

学生のころより少し大人になった腕の中は、それでもやっぱり一番落ち着く場所だった。

遠回りした帰り道。

何気ない夜。

特別な記念日でもない今日。

それなのに、ひまりは思う。

こういう普通の幸せを、これからもずっと重ねていきたいと。

激しく揺れる恋も、息ができないほど甘い瞬間も、たしかに大切だった。

でも最後に残るのは、きっとこういうぬくもりなのだ。

隣を歩くこと。

名前を呼び合うこと。

寒い日に同じポケットへ手を入れること。

そして、何年たっても変わらず好きだと伝え合えること。

蓮がいればいい。

ひまりがいればいい。

あの日から始まった恋は、終わらなかった。

それは物語の終わりではなく、二人の日々の中でこれからもやさしく続いていく。

季節が巡っても。

景色が変わっても。

何年先でも。

ひまりにとっていちばんあたたかい居場所は、これからもずっと、蓮の隣だった。

ーー完ーー
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