雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
「ああ」
レニオスは立ち上がると、クッキーを手に取りエノレアの口元に差し出す。同席しているエドガーやオリバーの視線がレニオスの手元に集中した。
「自分で食べられます!」
さすがにこの衆人環視の中でレニオスの手から食べる勇気はなく、エノレアはクッキーを奪い取る。
口の中に入れると、先ほどより甘く感じるのはなぜだろう。
「……殿下はエノレアさんを可愛がっておられるのですね」
「大事な部下だからな」
「そうですね」
リリアナは頷く。
(ん?)
エノレアはふいに違和感を覚えて顔を上げる。目が合うと、リリアナはにこりと微笑んだ。
(今、視線に敵意に似た感覚を覚えたけど……気のせいかな)
森に行かなくなってしばらく経つので、感覚が鈍ったのかもしれない。
青嵐宮で事件が発生したのは、そんなある日のことだった。
執務室に突然現れたリリアナが、腕を組んでエノレアの前に立つ。
「エノレアさん。わたくし、殿下とゆっくりお茶をいただく時間が欲しいのです。なんとかして」
リリアナから毎日のように言われるその要望に、エノレアは眉尻を下げる。
「殿下にお伝えはしたのですが、お忙しいようで──」
「また同じ返事! レニオス様からあなたは優秀だと聞いていたのに、こんな簡単な要望を叶えることもできないなんて大したことないのね。もういいわ。エドガーさんにお願いします」
リリアナは憤慨した様子でくるりと体の向きを変える。
ちょうどそのタイミングで、エドガーがエノレア達のいる執務室にやって来た。
「まあ、エドガーさん。ちょうどよかったわ」
「リリアナ様? こんなところに、どうなさいましたか?」
文官の執務室には似つかわしくない人物の存在に、エドガーは怪訝な顔をする。
「エノレアさんに何度も要望を伝えているのに、一向に動きがみられなくって困っているのです。上司として、エドガーさんがなんとかしてください」
「要望、ですか?」
エドガーはちらりとエノレアを見る。目が合ったエノレアは、肩を竦めた。