雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!

 唇は青紫色、呼吸は浅く、瞳孔が開き目の焦点が合っていない。

(甘い香りがする。この匂いって──)

 特徴的な甘い香りに、覚えがあった。
 エノレアは、青い顔をして立ち尽くオリバーと使用人のほうを振り返る。

「これ、毒だわ! すぐに医師を!」
「わ、わかりました」

 使用人は刻々と頷くと、一目散に医務室のほうに駆けだす。

(脈がゆっくりになってる。症状的に、ブラックリリーの根で間違いなさそうね)

 まだ故郷にいたころ、ガレスから色々な植物の知識を教えられた。遭難した際に食べられるもの、食べられないもの、薬なるもの、そして、毒なので絶対に口にしてはいけないもの。
 その中に、目の前の彼女の症状に似た植物があったのを覚えている。

(解毒はどうするんだっけ? たしか、シグネアの花を煎じたものが効いたはず)

「オリバー。誰かに、シグネアの花を煎じたものを持ってくるように言って!」
「シグネアの花? 観賞用の?」
「そうよ。早く!」
「わかった」

 オリバーは慌てたように走り去る。
 倒れている女性とふたりきりになったエノレアは、彼女に近づく。そのとき、彼女のすぐ近くにある、割れたティーカップと零れて広がった紅茶が目に入った。 

 ドクン、と胸が鳴る。

『毒よ! この子が入れたんだわ』
『なんてことだ。この疫病神が!』

 頭の中に、激しく叱責する声が響いた。

(何……これ……)

 エノレアはがくっと膝をつき、耳をふさぐ。
 けれど、エノレアを責め立てる声は消えない。

「違う! 私じゃない……」

 きちんと説明しないと。
 そう思うのに、言葉がうまく出てこない。

 ヒューヒューと喉が鳴り、息苦しさを感じた。
 
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