雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
「お父さん。鹿だわ」
エノレアは声を潜め、ガレスに囁く。
「ああ」
ガレスは腰に付けている金属製の棒を抜くと、まっすぐにそれを鹿に向かって投げる。ヒュンッと風を切る音がして、棒は鹿の首に突き刺さった。
声を出す間もなく一匹が倒れ、もう一匹は慌てて逃げ出した。
「やったわ! 今日は鹿肉ね!」
エノレアは歓声を上げる。
「当たり前だろう。俺にかかれば、こんなの朝飯前だ」
ガレスは得意げに胸を張る。
「そういえば、お父さん。前に送ったお菓子は食べた?」
「菓子?」
「ほら。鹿のXXに似た見た目の──」
美味しくてさぞかしびっくりしただろうと、エノレアは期待に満ちた目でガレスを見上げる。
「ああ、あれか。まだだ」
「えー! なんで食べないのよ! すごく美味しいのに! もう、私が食べる!」
エノレアはぷくっと頬を膨らませる。
「いーや。あれは俺がもらったから俺のもんだ」
「食べないくせに何言ってるの」
エノレアは言い返す。
こんな親子喧嘩もどきも久しぶりだ。


