雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
エノレアはハッとしたように立ち上がると、台所に向かう。
そして、スープを入れた椀とパンを載せたトレーを持って、戻ってきた。
エノレアが並べるスープとパンを見て、ガレスは沈黙する。
どう見ても、色がおかしい。世に知られる野菜スープからは想像できないほどどす黒いスープは、なぜか薄ら紫色に光っていた。
「……これは何だ?」
「野菜の煮込みだよ」
「野菜の煮込みだと?」
ガレスは聞き返す。エノレア特製の野菜スープなら何回か食べたが、こんな色や匂いではなかったはずだ。
「あのね、ガレスさんの疲れが取れるように、滋養強壮に効く薬草も入れたの。この前、ガレスさんが教えてくれたやつ」
エノレアは笑顔で答える。
「薬草……」
確かに、自分の不在時にエノレアが体調不良になっても最低限の対処はできるようにと、自宅にストックしてある色々な薬草の効能を一通り教えた。
「……もしかして、土きのこのことか? あれなら食材と言えなくもない」
「うん。それに、刻んだ千年草と、砕いた鵬凜の実も入れてみたよ! あとは……忘れちゃった。見た目はちょっと悪いけど、きっと体にいいし美味しいはずだよ!」
エノレアは誇らしげに言う。
「なるほど……」
ガレスは唸る。
確かにエノレアが名前を挙げた三つの薬草はどれも、ガレスが教えてやった〝元気になる薬草〟だ。
だが、使用方法が少し、いや、だいぶ間違っている。それらはあくまでも薬草であって、普通の食事として食べる物ではない。
ガレスは目の前に出されたスープを見つめ、目を眇める。
数々の修羅場を潜り抜けた長年の経験から、危険な香りがした。
「さあ、食べて!」
エノレアはうきうきした瞳でガレスを見つめる。
ガレスが断ることなど、微塵にも思っていなさそうな様子だ。
(これは……食うしかねえな)
一生懸命作ってくれたエノレアを失望させるわけにはいかない。
ガレスは視線を彷徨わせてから、意を決してスプーンでスープを掬い、口に入れた。