雪山に捨てられた少女、伝説の元最強諜報員に拾われる。無自覚万能令嬢は『普通の生活』をお望みです!
そのパーティーで事件が起きた。
振る舞われた飲み物に、強力な毒が混入されていたのだ。
毒が入った飲み物を飲んだのは、ロングレイン侯爵家の次女であるリリアナ・ロングレイン。置いてあった近くのカップをたまたま手に取り、口にしたようだった。
王宮医務官の話ではまず助かることはないとされるような猛毒だったらしいが、リリアナは奇跡的に一命を取り留めた。
王宮騎士達の手で事件について徹底的に捜査が行われたが、犯人は結局わからなかった。王子の主催するパーティーで参加者に毒物が振る舞われるなど、大問題だ。もし犯人を明らかにできなければ参加した貴族たちの信用を失い、レニオスは将来の側近と伴侶を選ぶどころか、多くの家門からの支持を失うことになる。
そして、母である側妃の判断で、ひとつの政治的な取引が行われた。
ロングレイン侯爵家のもうひとりの娘を犯人にすることで、毒物事件はロングレイン侯爵家の内輪の騒ぎでありレニオスはその場を汚された被害者であることにしたのだ。
だが、それをするためにはロングレイン侯爵家の中に犯人役が必要だ。
そして、その矛先になったのは当時まだ七歳だったロングレイン侯爵家の庶子だった。当日、リリアナが倒れたことに動揺したロングレイン大夫人が庶子を犯人扱いしたことも、都合がよかった。
(……たしか、あの少女もエノレアという名前だったな)
今でも覚えているのは、緊張の面持ちでおどおどと自己紹介をする痩せた少女の姿だ。
王子のパーティーに参加するというのに使い古した質素なドレスを着ており、妹の引き立て役として連れてこられたことが、まだ子供だったレニオスですらわかった。
(仕方がなかったとはいえ、可哀そうなことをした)
母とロングレイン侯爵家の取引のことをレニオスが知ったのは、全てが終わって暫くした頃だった。すでに少女が雪深い冬山に追放されてから何カ月も経っており、どうすることもできなかったのだ。
せめて丁重に弔ってやろうと思い遺体を探しに人を送ったが、結局何も探し出すことはできなかった。熊を始めとして多くの獣が生息する地域なので、骨まで食べられてしまったのだろう。