一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
「……そう」
 胸の奥が、ずしりと重くなった。
「でも、今はもう全然そんな気持ちはないですよ」
 彩乃は、少し笑った。
「結婚して、可愛い娘さんもいて。素敵なパパになっていて、なんだかよかったなって思いました」
「……」
 俺は何も言えなかった。
 頭ではわかっている。
 辻村は結婚している。
 彩乃も、昔のことだと言っている。
 それなのに。
 さっきから、ずっと胸の奥に溜まっていたものが、どうにも収まらない。
 彩乃が辻村と話していたときの笑顔。
 俺の知らない大学時代の話。
 そして――昔、少し好きだったという事実。
 考えれば考えるほど、面白くなかった。
「……湊さん?」
 彩乃が俺を見る。
 その瞬間、俺は彩乃の手を掴んだ。
「え……?」
「ちょっと来て」
「湊さん?」
 戸惑う彩乃を連れて、人通りの少ない細い路地へ入る。
 足を止めると、彩乃が不安そうに俺を見上げた。
「どうしたんですか?」
 俺は答えられなかった。
 ただ、目の前にいる彩乃を見つめる。
「……さっきから、ずっと辻村のこと見てただろ」
「え?」
「楽しそうに話してた」
「それは、久しぶりに会ったから……」
「わかってる」
 自分でも、子どもみたいなことを言っていると思う。
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