一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
「……」
 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
 どうしてだろうと思うより先に、視界が滲んでいく。慌てて瞬きをしたけれど、それでも間に合わなかった。一滴の涙が、頬を伝って落ちた。
「え……?」
 安田さんが目を見開く。
「彩乃さん?」
「あ……」
 自分でも驚いて、慌てて頬に触れた。指先に涙がついているのを見て、どうしてこんなところで泣いてしまったのだろうと、余計に戸惑ってしまう。
「ご、ごめんなさい」
「どうしたんですか?」
「違うんです。私……」
 笑わなくてはいけないと思った。安田さんに心配をかけるつもりなんてなかったし、何より今は、彼女の嬉しい報告を一緒に喜ぶべきなのだから。
 私は涙を拭いながら、なんとか笑顔を作った。
「お二人のこと、すごくお似合いだと思っていたんです。だから……うまくいってほしいなって思っていて」
 それは本心だった。
 柴田さんが安田さんとちゃんと向き合えたことも、安田さんがそんな彼の気持ちを受け止めて、二人の間にあったわだかまりがなくなったことも、本当に嬉しい。二人がこの先、結婚という未来を思い描けるようになったことだって、担当カウンセラーとして心から喜ばしいことだった。
 だから、安田さんに向けた言葉に嘘はひとつもない。
 けれど――。
 頬を伝う涙の理由は、それだけではなかった。
 二人は、自分たちの気持ちを言葉にして、ちゃんと向き合った。わからないことをわからないままにせず、怖くても相手に尋ね、自分の気持ちも伝えた。その結果、今こうして安田さんは、彼とのこれからを穏やかな顔で話している。
 それを聞いているうちに、私は自分自身のことを考えてしまった。
 私はどうだろう。
 湊さんが何を考えているのか、何もわからない。パーティーが終わったらどうするつもりなのか、この先、私との関係をどうしたいと思っているのか、それさえ聞けないまま今日を迎えてしまった。
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