一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
 今、目の前にいる湊は、誰が見ても隙のない男だった。
 きっと、会社のみんなが想像していた「水野さんの旦那さん」も、こんな姿なのだろう。
 そんなことを考えていると、湊が顔を上げた。
 私に気づいた瞬間、その表情がわずかに柔らかくなる。
「彩乃」
「……お待たせしました」
「いや。今来たところ」
 そう言って、湊がこちらへ歩いてくる。
 近づいてくるほど、胸が苦しくなった。
 どうしてだろう。
 いつも見ている人なのに。
 同じ家で暮らしている人なのに。
 今日だけは、ひどく遠い人に見える。
 湊は私の前まで来ると、ワンピース姿の私を静かに見た。
 その視線が恥ずかしくて、私は思わず目を逸らす。
「……その服、似合ってる」
「……ありがとうございます」
 たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が熱くなる。
 このワンピースを選んでくれたのも、この人だ。
 今日、ここへ来てくれたのも、この人だ。
 そして私は、この人が好きなのだと、さっきようやく気づいた。
 だからこそ、怖かった。
 この時間が、終わってしまうことが。
「じゃあ、行こうか」
「……はい」
 私は小さく頷いて、湊の隣に並んだ。
 二人で会場へ向かう。
 ほんの少し前までなら、ただ嬉しかったはずのこの時間が、今は一秒一秒、終わりへ近づいているように感じられた。
 会場の扉を開けると、華やかな音楽と人の話し声が一気に押し寄せてきた。
 その瞬間、いくつもの視線がこちらに向く。
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