一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
 最初は、誰が来たのか確認するための何気ない視線だったのだと思う。
 けれど、私の隣にいる湊に気づいた途端、その視線が止まった。
「あれ……」
「もしかして……」
「水野さんの旦那さん?」
 小さな声が、あちらこちらから聞こえてくる。
 今まで、誰も見たことがなかった私の夫。
 会社では名前すらほとんど話題にしたことがなかったのに、「別荘を持っている」という一言だけがいつの間にか独り歩きして、みんなの中で勝手に理想の旦那さん像が出来上がっていた。
 その答え合わせをするように、今、湊が私の隣にいる。
 濃紺のスーツをきちんと着こなし、周囲を気にすることなく私の歩幅に合わせて歩く姿は、さっきロビーで見たとき以上に目を引いた。
「すごい……」
「水野さん、あんな旦那さんだったんだ」
「想像してたより、ずっと……」
 聞こえてくる声に、私はなんとも言えない気持ちになった。
 そんなに見ないでほしいと思うのに、どこか誇らしいような気持ちもあって、その自分の感情に戸惑う。
 すると、知り合いのスタッフがこちらへ近づいてきた。
「水野さん、旦那さん紹介してくださいよ」
「はいはい」
 私は苦笑しながら湊を見る。
「主人の湊です」
「初めまして」
 湊が穏やかに頭を下げる。
「妻がいつもお世話になってます」
 その言葉に、周囲から小さな歓声のようなものが上がった。
「いいなあ……」
「言われてみたい」
「水野さん、羨ましい!」
「ちょっと、みんな……」
< 148 / 187 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop