一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
「じゃあ、とりあえずジントニックちょうだい」
「おう」
「マスターの奢りで!」
「なんでやねん!」
 その時だった。
「俺がその役、引き受けようか?」
「……え?」
 突然、すぐ後ろから声がした。
 私は驚いて振り返った。
 まったく予想していなかった声だった。
 店内には、さっきまで私とたっちゃんの話し声しか響いていなかったはずだ。
 だからこそ、その声がすぐ近くから聞こえたことに、私は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
 そこには、見知らぬ男が立っていた。
 すらりとした長身。
 無造作に整えられた黒髪に、涼しげな目元。
 端正な顔立ちには、どこか人を寄せつけないような静かな雰囲気がある。
 シャツの袖から覗く腕もすらりと長く、立っているだけなのに妙に目を引いた。
 こんな人、さっきまでいた?
 私は思わず男を見つめた。
 驚きのあまり、視線を外すこともできない。
 どうやら私のすぐ後に店へ入ってきたらしい。
 けれど、私もたっちゃんも話に夢中になっていて、まったく気づいていなかった。
 まさか、今までの会話を聞かれていたのだろうか。
 そんな疑問が頭をよぎった瞬間、背中に嫌な汗がにじんだ。
 男は私を見下ろし、落ち着いた声でもう一度言った。
「旦那役。俺が引き受けようか?」
「……誰?」
 思わず尋ねると、たっちゃんが「ああ」と声を上げた。
「湊や」
「……湊?」
成瀬湊(なるせみなと)。俺の知り合いや」
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